眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
「僕が彼といて驚いた?」

話をしながら葛城さんは社長室に置かれた机の引き出しに手を伸ばし、中から角2サイズの白い封筒を取り出した。

「はい。とても驚きました。」

航希がいた事にまず驚いたが、何よりも普通に話しかけられたことに驚いた。熱愛報道が出るくらいだ。私の事なんてきれいさっぱり吹っ切れたのだろう。

「彼とは仕事で付き合いがあるんだよ。君も務めているP・Kメディカルには何度か言ったことがあるよ。君と出会った日もお邪魔した帰りだったんだ。」

「そうなんですか…。では、今日もお仕事の打ち合わせだったんですね。」

「今日は仕事ではなくプライベートだね。この後ちょっとしたショーがあってね。」

にこやかな笑顔を見せながら封筒から書類をだすとテーブルの上に置いた。

 ショー? 男二人で舞台でも見に行くのかしら?

「連絡が遅くなって申し訳なかったね。これが鑑定結果だ。」

テーブルに置かれた用紙を手に取り内容を確認する。

「父子肯定確率99.999....%。生物学的親子関係である…。」

「ねっ?僕が予想した通りだった。」

「葛城さんが私の父親ってことですか??」

「そういう事だ。僕は香澄に怒りを感じるよ。何でこんなに可愛い娘がいることを隠していたんだって。なぜ、妊娠に気づいた時に僕のところへ戻ってきてくれなかっ…たん…だって…。」

葛城さんの顔は笑顔を保ちつつも大粒の涙が溢れていた。

「僕は…もっと香澄に頼られたかったんだ…。どこか遠くでも幸せに過ごしていると信じていたのに…。一人苦労して死んでしまうなんて…あん…まり…だ…。」

母が亡くなってから10年以上たって、こんなにも母の為に涙を流してくれる人が現れるなんて思いもしなかった。

「君がつけていたブレスレット。香澄の名前から連想してカスミソウをモチーフに作ってもらったんだ。floride(フローリデ)の工房で作られたアクセサリーを身に着けていると必ず幸せが訪れるって話を知ってね…。いつも健気な彼女には心から幸せになって欲しかったんだ…。幸せにできるのが僕でなくてもいい…。もし、ブレスレットが不要になったら高値で売れるからって教えてたのに…。ずっと持っていたなんて…。」

 母のブレスレットにはそんな意味が…。

「母に父の事を尋ねると『あなたのお父さんは素敵な人よ』と微笑んでいうだけでいつも詳しく教えてくれなかったんです。だから、もしかして父は既婚者なのではと思ったりもしたことがあります。母は誰からも愛されずに私を身ごもって生んだのかと…。こんなにも母に愛を注いでくれた方が父だと知れて良かったです。あの日、見つけてくれてありがとうございました。」

葛城さん、お父さんと呼ぶべきなのだろうか…。彼の涙につられ頬に一筋涙がこぼれた。。

「僕こそもっと早く二人を見つけられたなら…。見つけるのが遅くなってすまなかった。今後、僕の娘としてちゃんと籍に入れたいと思っている。…とはいっても、直ぐに航希くんに取られてしまうかな?」

「彼とはあの日に終わっています。既に新しい恋人がいると週刊誌の記事になっているのを電車の中づり広告で目にしました。それに私なんかを籍に入れたらそれこそ週刊誌の記事のネタになってしまいご迷惑をおかけしてしまいます。」

「週刊誌の記事を信用しちゃだめだ。大事なことはちゃんと自分で確認しないとね。君の存在を知らずに苦労を掛けて迷惑をかけていたのは僕の方だよ。今後は親の責任として君の幸せのためにしっかりと行動していくつもりだ。」

「それって、どういう…。」

『コンコンっ』

社長室のドアがノックされ、先ほどの女性が中に入ってきた。

「社長、お車が到着されました。」

「ありがとう。休みだったのに出勤させて悪かったね。笹原さん、もう好きな時に上がっていいよ。」

「はい、畏まりました。お見送りだけさせていただき失礼させていただきます。」

葛城さんの視線が笹原さんから私に移る。

「さぁ、そろそろショーが始まる。僕たちも見物に行こうじゃないか。」

「ショーですか?」

「そうだ。親子そろって初めてのお出かけだね。はははっ。」

社長室をでてエレベータを降りると正面のエントランスに大きな黒塗りのリムジンが停まっていた。

「葛城さん、もしかして…こ…これに乗るんですかっ!?」

「葛城さんだなんて他人みたいだ。是非『お父さん』って呼んでくれないかな?それから僕も文って呼びたい。」

先ほどの涙が嘘のように喜びに満ちた顔で見つめられる。

「…はい、お…父…さん。」

言い慣れない呼び方に緊張するが、更に初めてのリムジンに緊張がプラスされ手汗が溢れて止まらなかった。
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