約束された結婚ーー鬼の花嫁は初恋相手と運命の相手に求婚される
 キスとかは出来ないが、ハグでも活力を得られるならと背中へ手を回す。

「遡って調べてみたら、柊家は愛した人を鬼にしようと試みては失敗し、分家から異端扱いされていたそうです。はは、血筋は争えないとはこういう事ですね」

 だから鬼姫は柊先生に良い印象を持たなかったのか。わたしとしては鬼の女性は複数いた方がいいと思うが、鬼姫は唯一無二に拘る。

「四鬼や春野、秋里に虐げられるのは沢山です。お願いします、あなたの力を貸して下さい」

「先生……」

 四鬼さんは指輪に選ばれたので求婚してきた。
 先生は四鬼家や分家にやり返したいから求婚する。
 心なんて微塵も感じられない空っぽな求婚は虚しいだけ。返事はもちろんーー。

「身の上話で気を引くのはフェアーじゃないな、柊先生」

 窓ガラスを外側から叩かれた。肩を大きく上下する四鬼さんが立っている。

「ーーち、邪魔が入りましたね」

 耳元で舌打ちされ、先生はわたしから離れた。

「あと少しだったのに仕方ありませんね」

 髪を掻き上げる姿に先ほどまでの切羽詰まった様子がない。まさか芝居だった?

「これが泣き落としという戦法です。私みたいなおじさんが取り入るには、お涙頂戴しかないと思いましてね」

 先生は胸の内を察して頷く。わたしを座席から放るよう降ろすと四鬼さんの元へ渡す。

「全部嘘だった、んですか?」

 涙を流したのに? 恋人を失い、あんなに苦しそうだったのに?

「8割はそうですね。あなたは千秋様と一緒になるのがいい。私がそうであるように、どう足掻いても一族からは逃れられません。であれば次期当主の花嫁となるのが最善でしょう」

「そ、そんな、だって!」

「これで社会勉強は終わりです。良い経験がつめましたね? 悪い男に騙されてはいけませんよ」

 反対のドアから降り、運転席へ。先生は会話を打ち切ってエンジンを掛けた。

 8割噓なら2割は真実という事。たぶん全部を噓と言わなかったのは企みだ。それなのにわたしは分量の少ない真実を探そうと、首を振る。
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