約束された結婚ーー鬼の花嫁は初恋相手と運命の相手に求婚される
「お、おばさーー」

 駆け寄ろうとしたら先生に無言で制される。
 おばさんは青白い顔を上げ、わたしを見たが特に反応がない。その事実に足が固まった。

「夏目さん、中へどうぞ。あぁ、あなたもまだ休んでいなさい」

 先生はわたしを浅見桜子と呼ばず、室内へ戻そうとする。サッカー部の先輩等がまだ居るかもしれない、わたしはおばさんより先に部屋に入ったが既に気配がなくなっていた。

「夏目さん!」

 先生の声で振り向けばおばさんが座り込んで、気分が優れない様子。ふらつきつつ、なんとか椅子に座り直すと額を拭う。

 こうしておばさんが学校に呼び出されているという事はーー宿泊訓練先で涼くんにトラブルがあったとみて間違いない。

 おばさんに声を掛けたい。でも先ほどわたしを見ても知らない人を見る風だったので、どんな言葉を掛ければいいのだろう。

「あの子は?」

 おばさんは視線に気付き、先生に訊ねる。

「……夏目君と同じクラスの生徒です。体調不良で宿泊訓練には参加できなかったんですよ」

「そうなんですか。休んでいた所、お騒がせしてごめんなさいね」

 力ない笑顔を向けられ、わたしは首を横に振った。おばさんはわたしを忘れていて悲しいーー悲しいが、おばさんの方がもっと辛くて不安なはずだ。

「涼くんに何かあったんですか?」

 直球で聞くと、おばさんの瞳がみるみる潤む。すかさず先生はフォローを入れた。
< 237 / 273 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop