敏腕秘書による幼なじみ社長への寵愛
「彼がよく情報収集に使っているバーが、近くにあるからです」
「……情報収集?」

大きくうなずいて、平岡さんは一度ドアの方を確認すると、手のひらを口の脇にあて内緒話のポーズを取った。

「沖田くんが取引先や関連会社の女性と会うのは、珠子社長に有利な情報を聞き出すためです」

私に、有利な情報……?

普段の優介の仕事ぶりを思い返す。

『珠子さん、午後お会いになる桜木(さくらぎ)不動産の桜木社長はワインがお好きだそうなので、購入しておきました』

『それから昨日会食されたスイートアップルの林社長は最近お孫さんが生まれたそうなので、今日中にお祝いの品をお送りしますね』

たしかに私が知らない情報を聞き出し、うまく先回りして円滑に交流できるよう取り計らってくれていた。

ただ、女性と遊びたいからじゃなくて。全部私のためだったの……?

静止して目から鱗を落とす私に、平岡さんが穏やかな口調で続けた。

「社内での交流会にも積極的に参加して、珠子社長のよさを伝えています。珠子社長が滞りなく業務に集中できるよう、円滑な人間関係の構築の手助けをしているのです」

優介は私のためにそんなことまでしていたんだ。

「彼ほど陰日向でという言葉がぴったりな人物はおりません」

平岡さんの言葉が心苦しい。
変にヤキモチを妬いたり、身勝手に突き放すんじゃなくて、私はもっと優介に感謝するべきだった。

「溜飲が下がりましたか?」
「えっ⁉」

満面の笑みの平岡さんに顔を覗き込まれ、自分に嫌気がさしていた私はハッとする。

「これでおふたりは元通り、仲よしですね。老婆心ながら申し上げると、最近はちょっとおふたりを見ていてハラハラしたものですから」

どうやらすべてお見通しらしき平岡さんは、心得顔で睫毛を伏せた。

「沖田くんのことは小さい頃から徹さん……、珠子社長のお父様も気にかけていらっしゃいましたから、おふたりが仲よしの方がお喜びになると思います」

最後ににっこりと目尻にシワを刻んだ平岡さんの笑顔に、なんだか胸がいっぱいになる。
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