敏腕秘書による幼なじみ社長への寵愛
こちらまで自然と笑顔になったとき、受付から内線が入った。

「はい」
『茅原社長、桜木不動産の奥口さんがお越しです』

奥口さんが⁉

受付のスタッフの声に、一気に顔が引きつる。

「お、お通ししてください」

動揺しつつ返事をすると、平岡さんが一礼して社長室から出て行った。

奥口さん、なんの用だろう……。
デスクチェアから立ち上がり、無駄に室内をウロウロする。

昨夜優介が別荘の壁を壊したから、忙しい桜木社長に代わって第二秘書の奥口さんが文句を言いに来たのかな……。

ビクビクしながら待っていると、部屋のドアがノックされた。

「はい」
「失礼します、茅原社長」

開けたドアの向こうから見えた奥口さんの表情は穏やかだ。
苦情を伝えに来たわけじゃなさそうなので、私はホッと肩の力を抜いた。

「お忙しいところすみません。こちら、桜木からのお詫びの品です」

奥口さんは眉を下降させ、有名な老舗和菓子店の紙袋を私に差し出す。

「……お詫び?」

昨日の件で思い当たるとすれば、悪酔いしないなどと軽いノリでワインをガンガン勧めてきたことかな。

謝りたいのはこちらの方だけど……と少々肩透かしを食らった気分で、私は紙袋を受け取った。

「わざわざありがとうございます」
「いえ、とんでもないです」

用は済んだのに、お互い無言になる変な間があったので、私はピンときた。

「あ、優……、沖田なら、今向こうのオフィスでファイルの整理を」
「いえ、いいんです!」

私の言葉を遮る勢いで、奥口さんはきっぱりと言い切る。
気圧されて閉口すると、彼女はきまりが悪そうにうつむいた。

「できれば会わずに帰ります。ばつが悪いので」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。先日沖田くんとお酒をご一緒したんですけど、私、舞い上がって飲み過ぎて。店を出たところでコケちゃうし、二軒目の誘いはあっさり断られるし。だから会いづらいんです」

下を向いた奥口さんは、肩を小さく丸めて話した。
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