愛されていると勘違いしそうなのでこれ以上優しくしないでください
石井さんは慣れているのか、ズカズカと上がり込んでいく。智光さんと私もその後に続いた。

十年以上も慣れ親しんだ家だというのに、まったく懐かしくもなんともない。叔父さん叔母さんも久し振りという感覚よりも知らない人に見えた。

「用が済んだら出て行ってちょうだい!」

苛立たし気に叔母さんが吐き捨てるように言う。びくりと一瞬体が強張ったけれど、思ったよりも怖くなかった。隣にぴったりと智光さんがついてくれているからかもしれない。

不思議な感覚だった。

以前の縮こまった私はどこにもいない。
胸が締めつけられそうなくらいに荒んだ感情も、今日はそれほど感じられない。

今なら言いたいことが言える、そんな気がした。

石井さんはカバンからなにやら書類をたくさん出し、テーブルに並べる。

「もちろん、用事が済んだら出て行きますよ。本日はですね、先日の話の続きと、やえさんの荷物を取りに来ました。やえさんも結婚されたのでご挨拶したいそうですよ。あ、それから、やえさんの荷物、触っていないですよね?」

石井さんは柔らかな口調で、けれどどこか威圧的な物腰で叔母さんに問いかける。叔母さんは苦虫をかみつぶしたような顔をしながら「触ってない」とぶっきらぼうに言った。

「それはよかったです。これ以上罪を重ねたくないですもんね。賢い選択です」

石井さんはうんうんと頷く。

事前に聞いた話によると、叔母さんが使い込んだお金は残念ながら証拠が乏しく、刑事告訴や損害賠償を求めるには難しいとのことだった。けれどそこで、はいそうですかと泣き寝入りは絶対させないという智光さんの強い意志と、それを汲み取ってくれた石井さんの弁護士手腕により、少しばかり脅しをかけたのだという。

脅しの内容は教えてもらえなかったけれど、あの威勢のいい叔母さんがこんなにも石井さんの言いなりになっているところをみると、かなり強い対応をしてくれたのだろうなと想像する。

私にはもったいないくらいの強い味方だ。
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