愛されていると勘違いしそうなのでこれ以上優しくしないでください
今日のミッションは二つ。

挨拶をすることと自分の荷物を引き取ること。
これできっぱりとこの家と縁を切る。

未練などこれっぽっちもない。
だから平気だと思っているし何度もそう言い聞かせているのに、緊張で体が強張ってしまっていた。

「心配するな。もう粗方話はついている。あとは石井に任せておけばいい」

「だいぶお灸を据えましたからね、結構懲りてるんじゃないかなぁ」

石井さんがどんな話をしたのか想像もつかないけれど、少し意地悪に笑っているところを見るといろいろなことを言ってくれたのかもしれない。

とにかく、智光さんと石井さんを信じて、私のタイミングでインターホンを押す。手が震えてしまったけれど、ぐっと堪えた。

ピンポーンと、今の雰囲気に似つかわしくない軽い音が響いた。やがて、ガチャリと玄関が開く。
のそりと顔を覗かせた叔母さんの姿に、私はあっと息をのんだ。

シャキッとしてハキハキしていた威圧感は鬱そうと影を潜め、どんよりとした空気が流れる。心なしか痩せたような、そんな雰囲気は以前の叔母さんとは比べものにならない。

「……今度は何の用?」

覇気のない声は私の知っている叔母さんとかけ離れていた。ただ、ギョロリとした目は私を捕らえると迷惑そうに眉を寄せる。

視線が痛い。心臓がドキリとえぐられるような感覚に思わず唇を噛んだ。だけど怯んではいけない。グッと拳を握って力を入れる。

とたんに背に手があてがわれた。

「やえ、大丈夫だ」

耳に届く優しい声。
智光さんの落ち着いた声音はじわりじわりと体に浸透していき、やがてすっと力が抜けていくのがわかった。

そうだ、今は隣に智光さんがいる。
石井さんもいる。
一人じゃないんだ。
頑張れる。
頑張れ、やえ。
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