愛しのディアンヌ
14 ルイシーの苦悩
 ルイージが作曲に集中している時、私は、極力、近寄らないようにしている。

「完全に煮詰まっているんだ。突破口がみつからないよ」

 何度も楽譜を丸めて捨てている様子を離れた歯所から見つめていた。時間だけが空回りするようにして経過している。私は、頃合を見計らい、リラックスできるカモミール茶を差し出していく。

「そろそろ休憩しませんか? 檸檬のタルトですよ」

「そうだね。少し休んだほうがいいのかな」

「作るのはオペラの曲なんですよね」

「ああ、そうなんだ。砂漠の皇女と異国から来た将校の恋を描いた壮大なオペラなんだよ。新進気鋭の舞台監督から作曲を依頼されたんだけどね、一週間前から、何度も楽譜を書き直しているんだ」

 ルイージが言うには、魔法のように何も無い空間からフッとあるべきものが溢れ出してくる音の雨粒が、やがて大河となる。それが曲作りの醍醐味だと言っている。それなのに、今回は、なかなか、最初の一滴が心に降ってきてくれないというのだ。

 私も砂漠に踏み入れた事はない。でも、砂漠を旅した人の旅行記なら読んでいる。


 私は、とめどなく思いついた事を語りだしていく。

「砂漠では駱駝のレースをするそうですよ。男達は鷹狩りに夢中なの。女達はベールの下は派手な衣服を身につけているんですって……。あっ、そうだ! これ、見て! クラリセージは甘いナッツのような香りなんです。精油には強い鎮静作用があるわ。それでね、ジャスミンは精油の中の宝石と呼ばれているの。生きる悦びを与えると言われています」

 手の平にローズマリーとマジョラムの精油を垂らし、アーモンド油で希釈する。

 ルイージに告げていく。

「シャツを脱いで寝てください。背中と肩の筋肉が硬くなっているのを治します。血行が良くなれば気分も良くなりますよ」

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