愛しのディアンヌ
 スルタンやパシャも美しい女達に尽くされていたのだろうか。

 贅沢で退廃的なハーレムには色々な肌色の女達がいたに違いない。

 スルタンは、大勢の女達や宦官に囲まれて満足していたのだろうか。

 それとも、いつ、身内に裏切られるか分からない恐怖に怯えて憂さ晴らしをしていたのだろうか。オペラの世界の高慢な王は反乱に巻き込まれることになる。そうだ。スルタンは予感していた。

 破滅への瞬間を予期しながら女達との刹那的な愛に溺れていたに違いない。俺は目を見開く。何かが閃光のように駆け抜けていった。

「ありがとう。かなり、スッキリしたよ」

 俺はピアノに向かう。

 両手の指が鍵盤へと伸びていく。ハーレムへと続く扉が鍵盤が繋がり旋律が生まれる。いつのまにか理想の音が紡がれている。全音音階を使うと魔界に踏み込んだかのような不思議な世界観となる。

 ポロン、ポロン。パラン。黒鍵だけを叩くと幻想的でエキゾチックな曲となっていく。

 ああ、こうすれば良かったのか。音の道筋が見えてきた。砂漠の大きな宮殿。水煙草をふかす乙女達。

 諦観の顔つきの黒い肌の宦官。退廃的宮殿の煌めき。

 不思議だ。何も無いところに輪郭が芽生えて色付き始めてきた。世界が動き出してきた。様々な景色が浮かんくる。頭に浮かんだメロメディーを演奏していく。そして、忘れないように、俺はは無我夢中で書き留めていく。

 すると、傍らに立っていたディアンヌが鼻をグスッと啜りだした。

「ディアンヌ……、どうした?」
 
「感動しました。すごく素敵な曲です。ロマンチックですね。広大な砂漠を旅する旅人の姿が目に浮かびました」

「王子が、恋敵の異国の将校との闘いに破れて砂の中を彷徨というシーンだよ。でも、まだまだ、思い通りの旋律にはならないんだよ。ああ、どうしたらいいのかな」

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