愛しのディアンヌ
2 彼についてのあれこれ
「あのう、どうもすみませんでした。お騒がせしてごめんなさい」

 日曜日の午後。いつものようにジャンヌに家賃を支払い終えていた。落としたと思っていた鍵が見付かった事を報告すると、彼女はニマーっと面白そうに笑った。

「そりゃ何よりだね。あんたは貧乏だから、鍵を弁償したら破産しちゃうよ」

 あの日、部屋を間違えた件を話したところ、彼女は小刻みに肩を揺らしながら、心底、笑しそうに低く笑う。

「あはは。傑作だね。仕方ないさ。あたしも寝惚けていたのさ。つーか、二度と夜中に起こすんじゃないよ」

「あの、お聞きしたいのですが、あの青年は、いつから住んでいるのですか?」

「四日前の夕刻にフラッとやって来た。外国人の音楽家なんだとさ。身なりは綺麗だが得体が知れないだ。金があるのかないのか分かりゃしないよ。昨日の夜、やけにめかし込んで出かけていったよ。何かのパーティーに向かうと言っていたね」

 貴族や富豪は一晩中、飲んだり騒いだりする。夕刻には戻るかもしれない。とりあえず、下宿の共有の玄関ポーチで帰りを待つ事にした。私としては、こないだ迷惑をかけてしまった事を詫びるつもりだった。

 お菓子を気に入ってもらえるといいんだけど。待つこと一時間。

 石畳の坂道の向こうから誰かが戻ってくる足音が聞えてきた。

 ハッと緊張しながら身構えた。鉄製の門扉の右手から長い人影が伸びる。神々しい容姿に吸い込まれていった。ああ、別世界の人って感じがする。

 彼の全身が麗しい。若草色のフロックコート。フリルのついた絹のシャツ。幾何学模様の刺繍入りの胴着。銀製のバックルのついた踵の高い靴。全部、エレガントで彼に似合っている。

 しかし、目つきが険しくて荒んでいる。瘴気のような怒気を全身に滲ませているものだから声をかけていいのかどうか迷ったのだが、小走りで近寄り話しかけていくことにする。

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