愛しのディアンヌ
「あの、すみません。ルイージさん。どうぞ。これを受け取ってください。改めて、お話したいことがあります。あの……」

 なぜ、彼はこんなにも不機嫌なのだろうか……。

『俺に関わるな』という眼光を放つ拒絶のオーラに気圧されてしまう。

 私は、怯えるようにジリッと敷石の上で後ずさりながらも言葉を続けていく。

「あの、それ、お菓子なんです」

 そう言うと、ルイージは眉間を歪ませて怒鳴った。

「おまえ、何なんだよ! 迷惑だと言っているだろう! もう、こういう事はやめてくれよ!」

「えっ、すみません。あの、あの、お詫びに差し入れをしようと思ったんですが……」

 上から睨まれた瞬間、ビクッと肩を揺らした。

 えっ! 彼は、私の包みを乱暴に奪うと忌々しげに大股で歩いた。なぜか、下宿の玄関の脇にある陶器の壷にザンッと憎らしげに乱雑に投げ込んでいる。やだーっ。

 汚水に沈む高級菓子を呆然と見つめていると、追い討ちをかけるように振り返った。詰問するように語りかけてきた。

「どういうつもりなんだ! 何度も言っているだろう。部外者は、ここに入る権利が無いんだよ。二度と近寄らないでくれ!」

「僕は二年前からここにいます! 僕は、ここの住人ですよ……」

 なぜ、睨まれるのか理解できない。あの夜のことで気分を害しているのだろうか。

「あの、深夜に部屋に間違えて入って楽器を壊してしまった事は悪かったと思っています。でも、こんなの酷いです」 

 耐えられなくなり泣きべそ顔で俯く。哀しくて声が詰まる。すると、彼は、ハッとしたように呟いた。

「あっーーーーー、思い出したよ。そうか。君は、こないだの甲高い声の坊やだよね?」 

 急に語尾が柔らかなものに変容していた。そして、困ったようにボりポリと頭を掻いている。

 少し空気は和らいだのだが……。

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