愛しのディアンヌ
 恩ならば俺も感じている。しかし、父の仕打ちは許せないのだ。ああ、そうさ。母を追い詰めた父が憎い。

 しかし、母は父の妾になったことを後悔していないと死ぬ前に告白している。

『寂しい人なの。お父様を愛してあげてね』

 許したくない。でも、許さなければならない。作曲の苦しさと父への感情の歪みが絡み合う。

 最近、重圧に押しつぶされて眠れなくなっていいる。何としても期日までに曲を仕上げることが先決なのだ。

  ☆

 翌朝、食と昼食を兼ねた食事をとりながら俺は言った。

「ディアンヌ、正直に言うよ。俺が、帰りたくない理由の一つには遺産相続の問題があるんだよ」

「遺産問題?」

 彼女は紅茶のカップを持ったまま小首をかしげている。
 
「叔父のエンリケと従姉のカルロスは俺を疎ましく思っているんだよ。俺さえいなければ、父の財産を受け取れる。他にも敵はいるよ。ある時、公演の帰りに撃たれそうになった事があった。犯人の顔を見たんだよ。夫人を寝取られたと勘違いして嫉妬に狂った男爵だった。まだまだ他にもある。俺は、故郷の人達から嫌われているんだ」

 故郷では不埒で無責任な男としてのイメージが固定してしまっている。

 誤解される事は辛い。顔に気持ちが出ているのだろう。

 彼女は瞳を揺らしている。

「あなたは素敵な人です。誤解は解けるわ。でもね、あなたからも分かってもらえるように努力をしてみなくちゃいけないと思う」

「ありがとう。ディアンヌ……。そうだね」

 フッと柔らかな光りが差し込んできたような気持ちになった。彼女と結婚する為にもゴタゴタした問題は解決するべきなのだ。そうでないと、安心して暮らせない。

 俺は静かに微笑んだ。

「逃げてばかりじゃいられないよな。君の為にも、きちんと問題と向き合う努力をしてみるよ」

「ルイージ……。覚悟を決めたのね?」

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