愛しのディアンヌ
 馬車は沼地付近に入っている。このあたりは鬱蒼とした暗い森が続いている。薄暗いせいなのか廃屋のようにも見えた。

 いつの間にかブルーノの姿は消えている。馬車を追いかける事に疲れてしまったのだろう。

 彼女の館の門柱の鉄も錆び付いており、建物全体が風化したかのように老朽していた。

 玄関ホールに踏み込んだ途端、老朽した壁や天井か目に入って心がザワついた。

 ガランとしていた。調度品が極端に少なかった。

「遺産は彼の息子が相続したわ。ここは別宅なのよ。よくある話よ。私は主人の息子と私は折り合いが悪いのよ」

「そうなんですか」

 困窮しているのだろう。庭の木々は伸び放題になっている。極端に調度品が少なかった。

「私の親が決めた結婚なのよ。相手は六十過ぎの老人だった。相手が私に人目惚れしたのよ。ルイージとは何もかもが違うわ。口臭のキツイ骨ばった老人との暮らしなんて辛いだけ。ケチな癖に威張り散らしていたわ」

 ルチアは語りだしていた。

「夫が生きている間は愛するルイージのコンサートに行く事も出来まなかった。夫が私を縛り付けていたのよ。外出をする自由を与えなかった。正直、さっさと死んでくれてホッとしているのよ」

 どうやら、不幸な結婚生活だったらしい。

「本当ならば、ルイージと共に暮らしている筈だったの。私が初めてルイージと出会ったのは十二歳の時だわ。婚約者だと分かった時、神様に心から感謝してワクワクしたわ。私は、ルイージと結ばれると信じていた。けれども音楽が二人を引き裂いてまったの。臆病な私の父は敵の多いルイージとの結婚を取りやめてしまったの。大きな間違いよ。愛し合う私達を引き裂いてはならなかったのに……」

 口調は常にビリピリしている。苦くて息苦しい空気が車内全体に充満しようとしている。こちらまで息苦しくなってくる。

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