愛しのディアンヌ
「お父上の死が迫っているのですよ。キャンセルして帰郷すべきなんです。ルチア様もルイージ様を説得するとおっしゃっておられます。来て下さい。あちらの公園にルチア様の馬車を御用意しておられます」

「ルチアさんの馬車がここに?」

 断れなくない雰囲気が煮詰まっている。でも、なぜ、彼女はこんなに強引なのだろうか? 

 彼は、強引に私の腕を引いて誘っている。

「さぁ、どうぞ、こちらへ」

 縁石の脇に紋章入りの箱型の馬車が停車していた。ギョームは一緒には乗らなかった。彼は御者の隣に座っている。
「こ、こんにちは」

 そう言いながら、遠慮がちに乗り込むと、私を見つめたままルチアが艶然と笑う。

「どうぞ、よろしく。私は、ルイージの幼馴染で婚約者のルチアよ」

「……婚約者?」

 彼女は、まだ婚約しているつもりなのだ。違和感がザラリと私の胸を焦がす。

「ルイージのお父上は息子が家督を継いでくれることを望んでいる。あなた、私と一緒に来てくれないかしら」

「えっ、どこに行くのですか? なぜ、僕が……」

「ギョームに調べさせたのよ。あなた、ルイージと暮らしているそうね」

 気のせいだろうか。その声音や視線にに、ジットリとした悪意のようものが滲んでいるような気がする。

「ぜひ、わたくしの自宅にいらしてくださいな。馬車で半時間よ。あなたを御招待したいわ。そこで、じっくりと聞いていただきたい話があるの」

 今日の彼女は真っ赤なサテンのドレスを身につけおり威厳があった。琥珀の髪飾りに三連の真珠。

 とてもじゃないが断れるような状態ではなかった。

 既に馬車は走り出している。私は色々と困惑していた。後ろを追う男の子がいると気付いてハッとなる。それはブルーノだった。無理しないで。そんなふうに追いかけなくてもいいのよ……。

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