愛しのディアンヌ
17 葛藤
「そこまで、君がおかしいとは思わなかったよ」

 俺は拒絶するように腕組みをしたままルチアを睥睨していた。俺は、眉間にシワを刻んだまま鋭く問詰めていく。俺としてはルチアへの怒りを抑えるのに必死だった。

 公演を終えた直後に楽屋に飛び込んで来た。ブルーノからディアンヌが攫われたと聞いて仰天したのだ。

『こういう紋章の馬車に乗っていたよ。ルワント村の古い屋敷に入っていった』

 ルチアがディアンヌを監禁するなんて考えてもみなかった。気性が激しいのは知っていたが、まさか、ここまでやるとは……。

 何かの間違いであって欲しいと思った。

 今日の演奏は王都で行なわれている。ブルーノが来たのは夕刻だった。本当は、今夜は隣町の宿に泊まらなければならなかった。興行主に無断で飛び出してここまで来たのだ。

 焦りながらも同じ言葉を告げていた。

「ルチア! もう、いい加減にしてくれよ」

 劇薬を使ってディアンヌを狙った卑劣な犯行もチョコレートを贈ってきたのも目の前にいるルチアの指示だったのだ。

「二度と会いたくないと言っただろう!」

「愛しているの」

 袋小路に入ってしまっている。いい加減終わりにしたい。うんざりしていた。何て愚かなことを……。俺は空しさを感じながら言う。

「現実を見てくれよ! 愚かな幻想を捨てろよ! 俺が愛しているのはディアンヌだなんけだ。二度とこんなことしないと誓ってくれ! 君を投獄したくないんだよ! ルチア、こんなことをしてどうなるって言うんだ!」

「あなたが目を覚ますのを待っているのよ。あなたは分かっていないのよ」

「いや、分かってないのは君なんだよ」

 ルチアは真実を受け止める気がないらしい。どうしてこんなふうになってしまったんだ。すべて俺のせいなのか……。

 ルチアは俺の手を取って声を震わせている。

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