愛しのディアンヌ
「なぜなのよ。あなたは私をお姫様のように大切にしてくれたわよね。花の冠を作ってくれたわよね? あなたが十五歳の時に書き上げた歌曲は私を想って作ってくれたのよ。聴く度に愛で満たされたのよ」

 彼女は遠い日の思い出に浸っている。

「姫君の散歩という曲は私への誕生日プレゼンとだったのよね」

「いや、あれは公爵夫人に頼まれて作った曲だよ。君の誕生日に初めて人前で演奏したが、君のものじゃない」

 俺は彼女の中で熟成している幻想を遮断するかのように言い放っていく。

「なぁ、もううんざりしているだ。勘弁してくれないか」

 こんなふうに語る俺の心も擦り切れているる。ルチアのことを嫌いだった訳ではないのだ。そうだ。今でも別に嫌ってはいない。

「君は友達だったんだよ。あの頃は大切に思っていたよ」

「今も、私とあなたは愛し合っているのよ」

「いや、違う」

 もっと強く言いたいが、ルチアを刺激してはいけない。何をしでかすか分からない。

「聞いてくれ! ディアンヌは本気で好きになった女の子なんだ! 君とは違うんだよ! ルチア。思い出に酔いしれるな。現実から目を逸らさないでくれ」

「あなたこそ、こんな娘との火遊びをいつまで続けるつもりなの! 一時の劣情に身を浸しているのは、あなたの方だわ!」

「いいや、本気で愛している。ディアンヌは運命の人なんだ」

 あの子といると何もかもが満たされる。

「あの娘は、俺の音楽を聴きながら涙を流すんだ。とても綺麗な音だと言ってくれる。彼女といると俺の仲から美しい音楽が溢れ出すんだ」

「あら、音楽? いつだって、あなたはそうだった」

 言いながら唇を噛み締めている。いつのまにかディアンヌとブルーノが俺達を見ていた。彼等は入り口の壁際に立ったまま呆然としている。

「ディアンヌ、いらっしゃい。私の隣に並びなさい」

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