愛しのディアンヌ
 玄関ポーチ脇の大きな壷の中は住民の尿が入っている。人間の尿は革のなめし等に使われるで、定期的に業者さんが取りに来てくれる。

 彼は、汚水に沈んでいる袋を慎重につまんで引っ張り出そうとしているけれども包みはベトベトだ。私は、素手を伸ばそうとしている彼の肘を咄嗟に掴んで祈るように呟いた。

「そんなことをしたら綺麗な服が汚れます。それに、そのお菓子はもう食べられませんよ」

「すまない。てっきり、俺に嫌がらせをする輩が来たのかと思ってしまったんだ。その包みの中身は何だったの?」

「チェリーパイです」

 高価なものを奮発して購入した。それなのに……。尿にドップリ浸かっている。
 しょげている私を横目に彼は申し訳無さそうに謝罪した。

「俺は勘違いしていたようだね。ここじゃ何だから、俺の部屋に来てくれないかな。お詫びに故郷の名産品の檸檬のリキュールを御馳走するよ。さぁ、おいでよ」

 ニコッ。魅力的な笑みを浮かべる彼と目が合うと胸が炸裂しそうになっちゃった。

 彼の手で背中を押し出されているものだから、不覚にも頬がポッと赤く染まってしてしまう。

 私は、浮き足だったまま螺旋階段を上がっていくと、彼が、部屋の鍵を開けて微笑んだ。

「ジョルジュ君、どうぞ。二度目の訪問だよね」

「あっ、はい。お、お邪魔します……」

 ドアの敷居を跨いだ途端にムワッと大量の埃が舞い上がる。これはヒドイ。

 たちまち、私はうっとなり口元を押さえる。南向きの窓から射し込む光が無数の埃を際立たせているこの人は窓を開けたまま外出したのたろう。工場の煤が大量に舞い込んでいる。

 ルイージは、ゴホッと咽ながら瞼をショボつかせている。

「煤だらけだっな。汚い部屋ですまないね。お酒を入れたいけどカップがどこにあるのか分からないよ。参ったな……」

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