愛しのディアンヌ
 郊外から木材や石炭を運ぶ平船が毎日やってくる。宿屋の一階の居酒屋には大勢の客が集る。奔放に飲んだくれている。ここにいる水夫や達は羽振りが良さそうだった。

「ひゃっほー。楽師が来てくれたぜ! ようし、仮面の兄ちゃん景気のいい曲を頼むぜ」

 髭面の水夫が馴染みの娼婦の腰に手を回しながら陽気に叫ぶ。みんな発散したがっている。

 ルイージはリクエスト通りにノリのいい曲を選んでいる。

 高速のリズム。男達が笑い、さざめき、ステップを刻んでいる。無邪気にはしゃぐ男達は熱気を帯びたように頬を昂揚させていく。

 多様なリクエストに応え、ルイージの音楽が彼等を盛り上げる。何曲も続けて弾き終えた彼は大量の水を飲みながら囁いた。

「ふぅっ、何とか一週間分の食費と家賃が稼げたね。欲張るのは良くない。そろそろ帰ろうか」

 立ち去ろうとしていると、眼帯を着けた隻眼の男がガタッと立ち上がった。酒瓶を握り締めたまま狼狽している。

「待ってくれよ。もう一曲だけ弾いてくれな! ロマンチックな曲を弾いてくれ。おいら、女将とシッポリと踊りてぇんだよ」

 おねだりするような可愛い表情だ。これじゃ無下に断れやしない。

「分かりました。これで最後にしますよ。弾き終わったらすぐに帰ります」

 ガラッと曲調を変えていたのだった。

 哀愁が漂う楽曲に皆が聞き惚れている。それなのに……。いきなり、無骨な男達が飛び込んできた。私は背中を奮わせた。事態は緊迫していた。私は息が止まりそうになる。誰もが強面の侵入者に驚いている。

「動くな! わたしは警部のルネだ!」

 音楽も皆の表情もピタッと止まっている。皆、硬直したように黙り込んでいる。ルネは狐のような狡猾な顔で睨みを効かしている。

 脇には二人の若い警官。ルネは、不敵な面構えのままルイージを威嚇している。

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