愛しのディアンヌ
「もうすぐ三十歳になる。結婚したのは八年前じゃ。二十三歳で無事に出産したのだが、その二年後に、その子を熱病で亡くしておるのだよ。以降、三回も流産してしまい、マリアはすっかり落ち込んでしまっている」

 なるほどね。流産が続くというところが気になってしまう。

「もちろん、娘さんは医師の診察を受けましたよね」

「何人もの医師に診せたとも。どこも悪くないと言っておったのだよ。おまえさん、気鬱に陥ってしまったマリアを元気にしてくれないか。ずっと家に引きこもっておる。最近は妙な呪術師に頼るようになておる。元気付けてくれたなら、おまえさんの連れを釈放するように働きかけてやる。営業許可証はここにある。酔って馬車に轢かれて死んだ哀れな街頭文具屋のものだ」

「はぁ、死んだ人のものを使いまわすつもりですか……」

「問題はない。こいつから権利を買い取ったことにすればいい」

 毎年、上納金を納めなければならないので途中で転売する者もいるという。

 長老は、腕組みをしたまま妙に偉そうにふんぞり返っている。

「やるのかやらないのか早く決めてくれないかね。事務所を閉める時間なのじゃよ。ここから先は働いてはいかんのだよ」

 司祭と共に祈る時刻が迫っている。早くしないと渡し舟に乗り損ねてしまう。

「もちろん、引き受けますよ。やらせていただきます。他に選択肢なんてないじゃないもの!」

 それを聞いた彼は、満足したのか頬を緩めた。机の引き出しから簡単な手書きの地図を手渡してきた。

「いいか。後日、ちゃんと報告するのだぞ。マリアの店に行くなら女物に着替えなさい。おまえさん、綺麗なドレスはあるのかね」

「いいえ、男物の服しかありません」

「それから、貸してやる。ちゃんと淑女の服装で行くのだぞ。このドレスはおまえさんにやる」

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