愛しのディアンヌ
 父が来ると、俺は乳母に背中を押されて外に連れ出されてしまう。俺は初老の乳母意外に話す相手もおらず孤独だった。けれど、ある時、俺は素晴らしい世界に出会った。

 毎年、祭りの季節になると街に楽師の一段がやってくる。

 俺は、自宅前で演奏している男に近寄って話しかけていた。

『ねぇ、ねぇ、おじさん、それ、どうやって弾くの? 僕にも教えてよ。僕にちょうだい』

 初老の男の足元で蚊のようにまとわりついていると、俺の上着を眺めながらニヤリと笑った。

『坊ちゃん。俺等はこれで食ってるんですぜ。教えるとなると高くつきますぜ。その前に楽器を買う方がいいですな』

 早速、俺は母にねだって子供用の小型のヴァイオリンを手入していた。当時の俺は五歳になったばかりだった。母にねだり、お金をもらい、大道芸人の男から弾き方の基礎を習ったのだ。一週間だけだったが、その間、彼を師匠と呼んで基礎を習得していた。

『本格的に弾きたいのなら音楽院に行くべきですぞ。坊ちゃんは見込みがありますな』

 俺は、瞳を揺らしてパーッと顔を綻ばせていた。この時、心の扉が開いた。希望の光の道筋を感じたのだ。

『お母さーん、僕は音楽家になりたい! ねぇねえ、王立の音楽院ってどうやったら入れるのかな?』
 
 その数年後、俺地元の聖歌隊に入っていた。家に籠っていた母が、お忍びで演奏を聞きに来てくれた。音楽の才能がある事を知った母が喜んでいる。その事が嬉しかった。

 だが、哀しい事に寒い冬のある日、母が風邪をこじらせて亡くなってしまった。この時の俺は十一歳だった。

 母の死後、修道院で暮らすようになった。宮廷の楽団に入って活躍したいと考えていたが、正妻と息子達が航海の途中で同時に死んて運命が変わってしまう。いきなり、修道院から連れ出されてしまう。

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