愛しのディアンヌ
 ヴァレンチノ共和国は二十の友人島と十の無人島で構成されている。辺境の島で暮らす父は政治の中枢からは大きく外れている。

 父の正妻のカーラは不細工だった。そのせいで婚期が遅れたらしい。

 しかも、カーラは父よりも三歳も年上だったが、彼女は金持ちだった。父は仕方なく結婚したのだ。

 幸い、カーラは聡明で物静で善良な人だった。愛人を作った無慈悲な夫を責めることもなかったという。俺の母のシーラは、本宅からもほど近い港町の一軒家で暮らしていた。

 島の人達は保守的だ。不貞は神に背く行為だと本気で信じていた。だからこそ、愛人という立場の母への風当たりはきつかった。

『出て行け! お優しいカーラ様の顔に泥を塗りやがって。何という恥知らずな奴等なんだい』

『とっとと山に帰れ!』

 近隣の者から酷い言葉を投げかけられても耐えるしかなかった。正妻のカーラが性根の腐った性格の悪い嫌な女なら良かったのに……。

 一度だけ、母はカーラと接したことがあるが、母が咳き込むと優しく背中をさすったのだ。母は、恐縮していた。そして、俺に教えてくれた。

『カーラ様は夫を亡くしている女性や孤児や老人にスープを配っておられるのよ。率先して厨房に立っておられるのよ。とてもお優しい方なのよ』

 母は愛人いう立場を恥じていたので目立たないようにしていた。贅沢もしがなかった。父に誘われようともオペラや歌劇を観に行かなかった。

『ルイージ、お父様がいらしたわ。ちゃんと御挨拶しなさい。いい子にしてなきゃ駄目よ』

 たまに来る父は、幼い俺に高価な玩具を手渡してくれる。

『おまえはいい子だな』

 白髪混じりの父に頭を撫でられても嬉しくなかった。

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