愛しのディアンヌ
 ルイージが通路の右側の階段の奥を示しながら言う。

「今朝から言葉を全く発しなくなっているんだよ。他の囚人達も様子かおかしい。食中毒か何か起きているらしいよ」

「ちょっと様子を見てきますね」

 何が起きたのかを知りたかった。

 私が、病気の男の子に会いたいと告げると、またしても、看守から賄賂を請求されてしまった。

 私は、グッと奥歯を噛み締める。静かに睨み返しながらも小銭を手渡すしかなかった。

 そして、死体安置所へと案内されたのだが、異臭に圧倒されていた。酷い有様だった。

 息を止めていても異臭が漂っている。耐え難い吐き気を感じていた。ここには遺体が三体。土間に顔を伏せたまま嘔吐物にまみれて失神している少年が倒れている。

 鉄格子の外から子供を見下ろす看守は憎らしげに口を歪めて嗤っている。

「そこにいるガキはとんだ食わせ者なんだぜ。紳士に腐った果物を売りつけやがったのさ。紳士が問い詰めたら逆に怒り出したんだとさ。これだから下町のガキは信用できねぇ。腐ったもんを平気で売りつけやがる」

 そんなの勝手に決め付けないでよ! 高値だと決め付けて半額以下の値切る人もいるのよ。私も、そういう疑いをかけられて哀しい気持ちになったことがある。

 それなのに、小太りの赤毛の看守は憎らしげに顔を歪めている。

「けけっ。間抜けなガキは死んじまったのかもしれねぇな。死ねば医者が遺体は買い取ってくれるんだよ。解剖に使うんだとさ。こっちは儲かる」

「いいえ。少年は生きていますよ。脱水しています。何度も吐いたせいですよ!」

 抱き寄せて額に触れていた。熱い。やだっ、ひどい熱を出している。早く医師に診せなければならない。この少年を助けたい。でまかせを言ってみる事にした。それは一か八かの賭けだった。

「大変ですよ! コレラかもしれませんよ!」

「何だって!」

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