愛しのディアンヌ
「でも、部屋には大切な本やハーブの瓶があります。盗まれたら大変ですよ」

「馬鹿だね! そんなもんに何の価値もありゃしないよ。何を言ってんだよ」

「あの、でも……」

「言っておくか、その客は、あんたの部屋に入っているよ。じゃ、そういう訳だ」

 呆然としていると、ジャンヌがバタンと管理人室の扉を閉めた。

 この現実を受け入れるしかない。階段の踊り場に座り込んで眠ってやると覚悟を決めていた。家賃がチャラになれば生活も少しは楽になるのだと言い聞かせて決意したのだが……。

 長老の事務所、警察署、病院。今日はあちらこちらを移動して歩き続けたせいで疲労困憊だ。

 あっ。フラッとした弾みで階段の途中で足を踏み外してしまったわ……。

 いてて。前傾姿勢で傾いて膝頭と肘を打ち付けている。きっと青あざになるよね。

「ああ……。泣きたいよう」

 グルル、グルル。腹の虫が忙しなく鳴っている。貧血みたいな感覚になっている。朝から何も食べていないもんだから朦朧としている。泣きたい気分になり踊り場に座り込んでしまう。

 肘を枕にして顔を伏せたままウトウトしていると背後で微かな物音がした。人影が近付いてくると思った直後、背後から呼びかけられていた。

「転んだのかい。おい、大丈夫なのか?」

 帰宅したルイージだった。私は半身になって呟いていく。

「いえいえ。転んだだけですよ。えっ、ええっーーー!」

 なぜか、宙にフアリと私の脚元が浮いている。高々と抱え上げられていた。

「ル、ルイージさん? あの! ええっーーーーーーー!」

 落ちまいとして、彼の首筋にすがりつく。急な階段なのに、私を抱えたまま階段をスイスイと上がっている。私は、花嫁のように優雅に運ばれている。これは、どういうこと……? くすぐったいような高揚感が駆け巡っている。

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