愛しのディアンヌ
 まさか、チフス騒動がこ連動しているとは夢にも思わなかった……。

    ☆

「ねぇ、ちょいと、お待ちよ。ジョルジュ。ちょいといい話があるんだよ」 

 管理人室から出てきたジャンヌに呼び止められたんだけど、妙に嬉しそうにしている。

「あんたの家賃のことで大事な話があるんだ」

 ニヤけた顔のジャンヌが耳元でとんでもない事を言ってきた。

「あんた、今夜は、屋根裏部屋には戻れないよ。あんたの部屋には新しい人が入っているんだよ」
「どういうことですか!」

「言葉の通りさ」

「家賃は必ずお支払いしますよ。少し待って下さいと言いましたよね。どうか、どうか、お願いします。追い出さないで下さい」

「いやいや。心配ないさ。どういう訳か、身なりのいい紳士がうちに来たんだ。今夜だけ部屋を貸して欲しいと言った。ベルナント・カニュ通りのホテルで疫病騒ぎが起きたらしい。そいつは香水を扱う商売人なんだとさ」

 そこで、私の部屋を旅人に又貸しをすることにする事にしたらしい。
 
 私の働くホテルはからここまで近い。

 ジャンヌは、この下宿を簡易宿泊所として貸すことがあった。ホテル界隈の飲み屋はそういう情報を旅人に提供する事があるのだ。又貸しなど。やってはいけない行為である。だからこそ、周囲を憚るかのように耳打ちしている。

「たった一泊するだけなのにこんな額を払ってくれるんだよ。ふふっ。嬉しいじゃないかね。ということだから、あんたの家賃はチャラにしてやるよ。あんたにとっても悪い話じゃないだろう?」

「でも、今夜、わたしは、どこで眠ればいいのですか?」

「そんなもん、何とでもなるさ。友達のところに行けばいいだろう! どうしてもっていうなら、玄関ポーチで寝転ぶといいんだよ。この季節なら風邪なんてひかないよ。蚊に噛まれないように気をつけときゃいいのさ」

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