愛しのディアンヌ
 ドレスとリボンの色が会わないとか料理の味付けが気に入らないとか、たわいもない文句を言うような子だった。しかし、俺が馬鹿にされていたりすると猛然と抗議して相手を黙らせる。

 彼女は、俺の生い立ちを気にしていない。

 あんなの事件さえなければ、ルチアと結婚していたのかもしれない。

 決闘裁判の後、彼女の両親は怒り狂い、婚約は解消すると伝えてきた。

 俺の父親は残念がっていたが、あの後、ルチアの家は没落した。

 情熱的で激しい気性のルチアの生家は競売に出されそうになったが、ルチアが嫁いだ事で何とか破産だけは免れたらしい。

 何度かルチアからの手紙が届いていたが、俺は、最初の一通以外は読んでいない。他の男に嫁いだとしても俺だけを愛している。そんな未練たつぷりの想いが延々と綴られていたが、不倫に応じるつもりはなかった。

 期待させてはいけないので無視の姿勢を貫いている。

 この街でコンサートを開く度に、おそらくルチアは観に来ているだろう。 

「んっ……」

 考え事をしていると、ジョルジュと名乗る少女が寝返りを打った。愛らしく呻いている様子を見つめていると俺は胸が疼いた。薔薇色の頬に触れたくなる。好奇心に駆られてしまい、額から頬へのラインを撫でると、わずらわしげに寝返りを打った。
 
 いつかこの子は打ち明けてくれるだろう。

 今朝、管理人の老女が教えてくれた。

『家賃を滞納しているのさ。最近、何かあったのかねぇ。思いつめた顔をしていたよ。今時、珍しいいい子なんだよ。肩が痛いって言うと丁寧に揉んでくれる。あたしが病気の時は枕元で付き添ってくれていたっけねぇ』

 健気で優しい彼女にキスをしたい衝動が突き上がるがギリギリのところで止めていた。

 溢れる思いを仕舞い込みながら今夜は彼女から背中を向けた。

 ある意味、拷問のような切なさにも耐えるしかない

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