愛しのディアンヌ
「わたしはディアンヌなんです! なぜ、分からないんですか! 女の子なんです」

「……分かっているよ」

 呆然としていると、彼が小首をかしげながらスルリと頬に手を伸ばしてきた。

 まるで、あの舞踏会の夜が舞い戻ってきたかのようだった。彼がまろやかな眼差しを注いでいる。

「パーティーの夜の君は誰よりも綺麗だったね。あの夜、名前を聞けて嬉しかった。ディアンヌというのが本当の名前だよね」

「でも、あの時、初めましてって言ったじゃないですか? どういう事なのですか?」

「ディアンヌとして会うのは初めてという意味だ。君は、ここで掃除をしてくれた時に上着を脱いだ。あの日のうちに女の子だと分かったよ」

「……そ、そんなぁ。女の子って分かっていて、ベッドで一緒に眠ろうって誘ったんですか! 酷いじゃないですか!」

「昨夜は、ベッドで休んで欲しかったんだ。心配ないよ。俺は、一緒に寝ていない。俺は椅子で眠ったか。何もしていない。神に誓うよ」

 恥しくて視線を伏せていると、ルイージが話題を怪我へと引き戻した。

「あのさ、気付いていないようだが、君、尻の部分も穴が開いているよ。ディアンヌ、意地を張るなよ。軟膏を塗らせてくれ」

「では、よろしくお願いします。背中の火傷にヘラでそっと塗りこんで下さい。シャツを脱ぎますが、前は、み、見ないで下さいね……」

 彼は紳士的だった。私は、シャツのボタンをゆっくりと外すと蕾が開花するかのように肩が露わになった。夜風が濡れた肌には涼しく感じる。蝋燭をかざしながら背中を観察していた彼が哀しげに言う。

「やはり、肩が一番酷いね」

 軟膏をヘラで丁寧に塗ってくれる。彼の助けを借りて患部にガーゼを添えてもらった。

「俺のシャツを着るかい?」

 着替えた私は椅子に座り込んでいた。ルイージは、思い詰めたように瞳を揺らしている。

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