愛しのディアンヌ
 ルイージが人々に取り囲まれ別棟に移動していく姿が見えた。この後は、市長夫人の講演会だという。
 そんな中、思いもよらぬハプニングが起こり周囲は騒然となっていたのである。

 十歳ぐらいの孤児が、突然、前のめりになり転倒していたのだ。盆を落としておりグラスが派手に割れて散らばっている。赤毛の少年が、脚を折り曲げるようにして細かく痙攣している様子に釘付けになった。

「大変だわ!」

 皆、誰かが何かをしてくれるのを待っている。少年は発作を起こしたのだろうか? 転んだ時に鼻が折れたのか顔が血まみれになっている。私は慌てて駆け寄ろうとしたけれど、それよりも先に動き出した人がいた。子供の側にしゃがみ込み、ハンカチを男の子の口にギュッと押し込んでいる。舌を噛まないようしている。パーティー会場でルイージを見つめていたエキゾチックな美人だ。

 年配の男の職員が駆けつけてきて手伝っている。すると、男の人が失神している少年を抱きかかえだ。

「お、奥様、まことに申し訳ありません。あとは、わたくしどもがいたします」

 職員達が床に這い蹲るようにして嘔吐物の掃除している。離れた場所から見ていた人々が感心したように溜息をつく。初老の太った女性が仲間に告げている。

「恥ずかしいわ。あたくし、いざとなると怖くて何もできなくて」

「助け向かった婦人はどなたですの?」
「マリーニー侯爵の奥方のルチア様です。遺産のほとんどは御子息が相続したそうですわよ。ルチア様は細々と暮らしておられるそうです。でも、そんな状態でも寄付に駆けつけられたのですわ。素晴らしいですわね」

 ルチアという女性は美しい。それに比べて自分はちっぽけだ。敗北感のようなものをヒシヒシと感じてしまう。
 
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