愛しのディアンヌ
「数ヶ月の命だと聞いています。音楽を続けても構わないそうです。家を継いで欲しいと望まれています。お父上は結婚して領地を管理してもらいたいのです。相続する財産は莫大になります。二万クローネです」

 改めて思い知らされた。彼は貴族の跡取り息子なのだ。

「どうか、帰郷するように説得して下さい。以前、婚約者だった方の御家族もそれを強く望んでおられます。一度は破談にりましたが、ルイージ様が帰郷なさるのなら娘と結婚してもいいと言われています」

 グラッと足がすくむ。胸の芯が崩れるような動揺が走っている。
「元婚約者とはどういう方なのですか?」

「ルチア様ですよ。あの方も今日はこちらに来られています」

 ここに来ているの?

 ルチア様が十三歳の頃から十七歳頃まで婚約関係にあったという。

「ルチア様は二年前に、この国の高齢の侯爵様と結婚なさいましたが、半年前に心臓発作で亡くなりました。ルチア様と侯爵様の間にお子様はおられませんが、前妻のお子様がおられます」

 現在は一人で暮らしているという。

「ルチア様はまだ二十一歳です。ルイージ様のお様を産むことも充分に可能です。ルチア様もルイージ様との復縁を切実に希望しておられます。こちらの書状を彼に手渡して下さい」

 強引に書簡を押し付けて去っていった。私はポツンと呟いた。

「こんなの困るわよ」

 とはいうものの、大切な書簡なので上着のポケットにしまう。やがて、ルイージの演奏が始まった。

 彼が紡ぎ出す音が慈雨のように胸に染みてくる。子供の頃の郷愁を広い音域を使って表現している。切なさが込み上げてる。ホールの前半分に椅子が置かれていた。後ろ半分は立見席なのだ。やがて、幕間になると、皆にお菓子とお茶が振る舞われた。天使のように愛らしい子供達が愛想を良く接待している。

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