あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
過去〜芽生えた命と〜
 これから先、子供を抱えてどうやって生きていこうとは考えたが、授かった命を堕ろすつもりはない。
 それに。

「慎吾はなんでも私の願いを叶えてくれちゃうんだね」

 里穂はポロポロと涙をこぼした。

 男装していたのに女の自分を見つけてくれたこと。
 彼に恋をさせてくれたこと。
 自分に家族を与えてくれたこと。

 数ヶ月後、赤ん坊を抱く自分の傍らに彼がいないことが、どうしようもなく悲しい。
 けれど、大好きな人の子供を得られることがなによりも嬉しかった。

 出産費用は、大学あるいはホテル学校へ入ろうと貯めていた学費があるからなんとかなる。
 あとは社宅に子連れであることの許可と、二十四時間面倒を見てくれる保育園を探すこと。

「赤ちゃん」

 里穂はまだ平らなお腹をなぜた。

「ごめんね、お母さん独りだから、あなたに苦労させちゃうと思う。だけど、不幸せにはしないから。お母さん、頑張るから」

 だから、父親と会わせてあげられないことを許してほしい。

 上司に恐る恐る妊娠したことを申し出ると、怒鳴られた挙句解雇を言い渡されそうになった。

 けれど里穂は何度となくホテル側と交渉し、働き続けることが出来るようになった。

 ……昇給据え置き、職務ボリュームは軽減せずと言う厳しいものではあったが、出産経験者の同僚達が陰で仕事を肩代わりしてくれた。

 里穂は感謝した。同僚達に報いようと思う。
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