婚活
「あの……。私、覚えてらっしゃるかどうか。沢村ですけれど……」
「おぉ、沢村さん。久しぶりだね。元気だった?」
加納さんは相変わらず物腰穏やかで、電話口に出てくれた。
「急に電話なんてくれて、どうしたの?」
「遅くにすみません。実は……」
内心、ほんの僅かながら悪魔の囁きが聞こえる。もったいないよ。切っちゃうのは……と。でもここできっちりしないと、後々苦しむのは結局自分のような気がする。
「もうお電話も、今回限りになると思います。私、ちゃんと婚活しようと思いまして……。それでお電話させて頂きました。短い間でしたが、お知り合いになれて嬉しかったです。ありがとうございました」
「……」
エッ……。加納さん?
何も、電話口から反応がない。怒らせてしまった?
「沢村さん。自分をちゃんと、見つめ直してくれたんだね」
「加納さん」
「やっぱり、僕の目に狂いはなかった。沢村さんは、そういう真面目な女性だと思っていたから」
「そんな事、ないです」
加納さんは、私の何を見てそう思ったのだろう。そして何故、私は迷いもせず加納さんに、こんな電話をしているんだろう。今更ながら、そんな自分に驚いている。
「実はね……。僕も結婚に対しては全然他人事で、沢村さんを見ていると自分を見ているような気がしてね」
加納さん。
「だから僕は肝心な事に気付かず、僕を大切に思ってくれてた人を失ってしまったんだ」
エッ……。
「失ってしまったって……」
「その人は僕があまりにも結婚に対して他人事のように考えていたから、突然別れを告げられてね」
「……」
「失ってみて、初めて気付いたんだ。彼女の存在が、僕にとってどれだけ大きかったかを……。でもそんな自分の思いに気付いた時は、もう遅かった」
遅かった?
「彼女は、別の男性と結婚してしまった」
「そんな……」
結婚してしまっただなんて、そんな事って……。
「沢村さんには、ちゃんと結婚に対して前向きに。そして自分をキチンと見つめ直して欲しいと言ったのは、そういう事だったんだよ」
だから加納さんは、 あんな風に言ってくれたんだ。
「沢村さん?」
「はい」
「自分の気持ちに正直に。そしてまた迷う事はあったら相談に乗るから、いつでも遠慮なく電話していいから。婚活頑張って」
「ありがとうございます。加納さんも、お元気で」
「ありがとう」
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