祖国から追い出されたはずが、過保護な皇帝陛下と海の国で幸せな第二の人生を送っています─嫌われ薬師の恋と調薬─

 王城の中庭に出た私は、緋色の煉瓦造りの道からそれて、いくつかの厩舎を通りすぎ、城内のはずれにある庭園にやってきた。

 青々とした薬草が茂り、小さく可憐な花をいくつも咲かせるその場所は、もともと王宮に仕える専属の調薬師、調香師たちが仕事をする小屋だった。

 しかし、両親は今際の際に、専属の調薬師をひとりに絞り、その調薬師に王宮の一室を与え、他の薬師たちは騎士団預かりとさせたことで、この小屋は不要となってしまった。

 薬と香りはローレライにとって縁が深いもので、水薬により傷や病を、香りで人の心を癒やすのが、人を救うことだとされている。両親の死のあとすぐ、毒殺の噂が流れ、城にいることが息苦しくなった十歳の私は、この小屋にたどり着いた。

 調薬師、調香師たちだけが、跡形もなく消えてしまったかのように、この小屋には調薬道具、調香道具、そして──薬草と基本知識の書物があった。

 両親が死んだとき、なにもできなかった。


でも、今できることがあるとしたら。

 私は取り憑かれるように調薬を学び、両親を殺した病をなくす水薬作りの研究を始めた。

 勉強と実験を繰り返し、両親が亡くなった病を癒やす水薬を完成させたが、両親を毒殺したとされている私の研究に取り合ってくれる人なんていない。

 しかし、ある人に手伝ってもらい、名前を伏せて騎士団所属の水薬研究所に製法を伝えることができた。

 両親を殺した病は、この国ではもう、不治の病ではなくなっている。

 それからも協力者のもと、水薬の製法を継続して薬師たちに伝えている。正体を伏せたまま。

 本当は、名前を出して、自分の作り出した水薬に責任を持つべきだ。

 でも作り手の正体が知られたら、毒だと思われて飲まれず、命を失う人だって現れかねない。

 実際、この部屋の中には毒草がある。抽出して手を加えれば、癒やしの薬になる毒草が。


 色とりどり、形も全て異なる小瓶が並ぶ部屋の中、記録をひと通りまとめた私は、窓の外に視線を向ける。

 もうじき日暮れだ。私は手早く書物をまとめ、小屋をあとにした。




 夕食は家族で、大広間に集まってとることがならわしだ。


 広間の大扉を開いて、その場でドレスの裾をつまみ礼をする。

 俯きながら、自分に与えられた一番手前の席に座った。


 香ばしい小麦や甘いバターの濃い香り。爽やかな柑橘と、少しのスパイス──視線を向けると、食卓の上には、真っ白でふっくらとしたパンに、バターエッグ、鴨のロースト、ミルクポタージュ、梨やあんず、レモンのコンポートが並んでいた。


 それらを食べながら歓談しているのが、私の二歳年上の兄で、若き賢王と民から慕われるアミオロと、私の二歳年下の妹、ロゼだ。ふたりとも、奥の席で並び、楽しい時間を過ごしている。

 今日はなにも起きませんように、と祈っていると、ロゼがこちらを振り返って目を細めた。

「あら、お姉様いらしたの?」


 私は曖昧に頷いた。声を発するのが望ましいけれど、ロゼは両親が亡くなった少しあとから、

「お姉様の声が気に入らない」

「お姉様、近づかないで」

「話しかけないで」


 と、私の行動を厳しく制限する。


 遊戯のように楽しんでいるのに、言うことを聞かないと、私に叩かれた、いじめられたと嘘をつく。

 すると、兄のアミオロが怒るため言うことを聞くしかない。


「声をかけてもらっているんだから、返事くらいしたらどうなんだ?」


 アミオロが鋭く睨みつけてくる。


「ロゼから歩み寄っているにもかかわらず、その態度とは。お前の髪や目の色といい、本当に血が繋がっているのか、怪しいものだ」

「申し訳ございません」

 ふたりは王族の象徴であるブロンド髪に、金の瞳を持っている。私にはない。

 しかし、王家に伝来する古書には、ローレライの先祖が私と同じ黒髪と、暗色の瞳を持っていたとある。ふたりも知っているはずなのに。

「その疑念はお父様とお母様に不敬にあた──」

「俺はふたりを疑ってない。お前を疑っているんだ。父と母を騙し、我がローレライを乗っ取ろうとしているのではないかとな」

 鋭い視線を投げかけられ、なにも言えなくなる。

 アミオロは、両親が亡くなってしばらくしてから、毒についてだけでなく、私だけ家族と血が繋がっていないのではないかと疑うようになった。理由がわからず、そのきっかけも、思い当たることがない。

「いいのです、お兄様。冷たいお姉様の心を、私がいつか溶かしてみせますから」

 明るい声でロゼが言う。

「ロゼは本当にいい子だね。どこかの誰かと違って」

 ふたりのやり取りを、他人事のように眺め、私は食事を始める。不意にロゼがこちらを向いた。

「お姉様、このあと、お茶をご一緒しませんか? 私と、ふたりで」

 ここ数年、ロゼからお茶に誘われたことは一度もない。一瞬、自分の耳を疑い反応できなかった。しかし今日は王都に出て、薬の協力者と会う日だった。

「申し訳ございません。今日は……」

「お前に予定なんてないだろう。三ヶ月後、メアラグーナとの外交まで自由に動けるはずだ」

 アミオロがまた睨んできた。

 メアラグーナ……海龍帝国メアラグーナは大海の上に位置し、この世界の海の管理を一任されている帝国だ。豊富な海洋資源により国力を高め、文化の発展がめざましいらしい。
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