雪降る夜はあなたに会いたい 【上】


「――こんな時間にのこのこ帰って来るとは、どういうつもりだ」

広いだけで何の暖かみもない居間に足を踏み入れると、こちらに背を向けてソファに腰掛ける父の姿が視界に入った。

 この時間に居間にいるということは、俺が帰って来るのを寝ずにずっと待っていたということだ。もう、宮川氏から連絡が入っているのだろう。

「自分が何をしたのか分かっているのか?」

背を向けたままで放たれる、冷たくてまるで感情のない声。それが余計に父の怒りを感じさせる。

「お父さん、話があります――」
「おまえには失望した」

俺に何も喋らせまいと、突き放すように遮った。

「――失望して、そして俺をどうするんですか?」

父の目の前に立つ。真っ直ぐにその冷え冷えとした目を見た。その目から、もう逃げたりしない。

「なに?」

父の目に感情が灯る。

「次期総理という後ろ盾を、あなたの息子は手放した。丸菱にとっては小さな傷ではないでしょう。俺をこの家から追い出しますか?」

俺の存在価値。

それは、由緒正しい血を引いた榊家の長男だということ。虚しいほどにそれだけだ。

でも、またそれは、大きな価値でもある。哀しいけれど、俺はそれを嫌と言うほどに思い知って来た。

――創介は、必ず丸菱のトップに立つのよ。創介でなければだめなのよ。

祖母から小さい頃から言われ続けていた言葉だ。

「追い出されない自信があって、そんなことを言っているのか?」
「俺にとっては、どちらでもいいということです。追い出されても、追い出されなくても」

父の目が苦々しく俺を見上げている。

「この家に生まれてから、ただ丸菱に入ることだけがそこに決定事項としてあった。あなたに言われるがまま、考えることも感じることも放棄していた。人として大事なものが欠落していることにも気付かずに、ただ何もかもを投げやりに生きていた」

父は学校の成績以外のことで俺を叱ったりすることはなかった。

その代り、トップの成績を取らなかった時だけは、烈火のごとく俺を責めた。『榊家に恥をかかせる気か』と。

「敷かれたレールの上を惰性で歩く。そんな男が、丸菱のトップに立てるでしょうか。榊の家がここまで築き上げて来たものを守るどころか、簡単に潰しているかもしれない」

「入社してからの三年、おまえは必死に働いていたではないか。私も馬鹿じゃない。おまえがどれだけ本気で働いていたかは見ていれば分かる。それは、おまえなりにトップに立ちたいと思ったからじゃないのか?」

「――違いますよ」

父の言葉を、俺は静かに否定した。

「彼女がいたから」
「……なんだと?」
「彼女が――雪野がいたからだ」

父の目を、鋭く射抜くように見る。

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