アネモネ

太平洋戦争末期の1944年(昭和19年)

長野県の閑散とした山村に生まれ育った私のもとに一枚の召集令状が届いた。

通称"赤紙"と呼ばれる臨時召集令状が、長野県を所管する長野連隊区司令部で発行され、役場の兵事係の手によって我が家にもたらされたのは、日が陰り始めた一昨日の夕方のことだった。

当時、私は所用があって不在で、
留守居をしていた母が押し頂くように受け取り、
心にもなく"有り難き幸せ''と歓喜の言葉を口にしたのは言うまでもない。

 四年前に父親を兵隊に取られ、一昨年跡取りの嫡男(ちゃくなん)もその後に続き、あまつさえ今年私が出征すれば残されるは年老いた祖母と母親、妹二人に、父が出征した年に生まれた三男のみで、力仕事が必要な農家の働き手は居なくなってしまう。

 そんな家が此の村には何軒もあり、村に残された青年男子は徴兵検査ではじかれた丁種・戊種ばかりで、そんな彼等も農家の働き手としてどうかと問えば、不合格となった理由を考えれば答えは明らかだった。

"必ず生きて帰れ" と、
決して涙を見せずに笑顔で送り出す母も祖母も、
先年に同じように送り出した二人の行末を鑑みれば、遠く叶わぬ願いであろう事は百も承知だろう。

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