アンコール マリアージュ
真菜の部屋のローテーブルにパソコンを広げて仕事をしていた真は、漂ってきた美味しそうな匂いに、思わず顔を上げる。

部屋着に着替えた真菜が、キッチンで料理をしていた。

さっきまであんなに怖がっていたのが嘘の様に、楽しそうに鼻歌を歌っている。

(やれやれ、まるで別人だな)

苦笑いするが、怖がっていたのは本当だ。

(昨日の今日だもんな、無理もない。それに、あの道はもう、怖くて歩けないんじゃないか。さっきもあの場所を見て、怖がっていたし)

テーブルの上で両手を組み、じっと考え込んでいると、真菜がいきなり視界に入って来た。

目の前に大きなお皿を差し出す。

「ジャジャーン!お待たせしました。唐揚げの完成でーす」

そう言ってテーブルにお皿を置くと、味噌汁やご飯、サラダも次々と並べる。

「さ、早く食べましょ!」
「あ、ああ」

促されるまま、真は唐揚げに箸を付ける。

「うまっ!なんだこれ?」
「え、ただの唐揚げですけど。そんなに美味しいですか?」
「ああ。食べた事ない味だ」

ほんとに?と、真菜は仰け反る。

「あー、そっか。真さん、鶏肉はいつも、チキンソテーのなんちゃらかんちゃらとかを食べてるんでしょ?こんな庶民の、The 唐揚げ!は、お目にかかった事ないのね?って、聞いてます?」

真菜の問いには答えず、真はパクパクと唐揚げを頬張る。

「そんな唐揚げばっかり…。ちゃんと三角食べして下さい」
「何だ?三角食べって」
「子どもの頃、言われませんでした?おかずを順番に食べなさいって。あ、もしや真さんの場合は、種類が多くて六角食べとか?あー!唐揚げなくなっちゃう」

真菜は慌てて自分の取り皿に、かろうじて3つ唐揚げを確保した。

「ふう、セーフ」

あっという間に残りの唐揚げも、真が全て平らげる。
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