アンコール マリアージュ
そんな会話をひとしきりしたあと、真は改めて真菜に切り出した。

「大事な話がある」

えっ…と顔を上げると、真菜は飲んでいたコーヒーをテーブルに置いて頷く。

「落ち着いて聞いてくれ。夕べお前の身に起きた事、あれはれっきとした犯罪だ」

真菜の顔が、一気に強張る。

「本来なら警察に被害届を出して、犯人を捕まえてもらうべきだろう」
「警察…被害届?それは、何があったのか、私が話をするって事?」
「ああ。おそらく事細かに聞かれるだろう。思い出したくない事もな」

真菜は、思わず両手で自分を抱き締める。

「どうする?警察に行くなら、俺も一緒に行って証言する」
「あの…、私。ごめんなさい。今はまだ、とにかく考えたくなくて…、忘れたくて。怖いんです、今もずっと。だから、少し時間を下さい」
「分かった」
「本当にごめんなさい。勇気がなくて…」
「謝るな。お前は何も悪くない。悪いのは加害者だけだ。だから決して自分を責めたりするな」

いいな?と、真は真剣に真菜の顔を覗き込む。

真菜は、コクリと頷いた。

「時間をかけて、ゆっくり気持ちを落ち着かせていけばいい。ただ…」

そこまで言ってうつむいた真に、真菜は怪訝そうに首を傾げる。

「真さん?」
「…ただ、もうあんな危険な目に遭う事はないとは言い切れない。しばらくは用心した方がいい。出来れば、どこかに引っ越せないか?実家に帰るとか」
「えっ」

突然の提案に、真菜は戸惑う。

「実家は山梨なので、無理です。それに引っ越し先も、そんなすぐには見つけられないし…」
「だが、そうしてるうちに、またあいつが同じ事をしにくるかもしれない。まだ捕まっていない訳だからな」

想像したのか、真菜の顔からみるみるうちに血の気が引く。

「それに…。俺は、ここから引っ越す事になった」

えっ!と真菜が絶句する。

「そ、そんな!真さんがいなくなるなんて、私、どうしたらいいの?怖い…」

大きく開いた両目から、ぼたぼたと涙が溢れ落ちる。

「どうやって帰って来たらいいの?ここに、暗い部屋に1人で、夜も1人で、そんな、怖い…」

涙を拭おうともせず、震える声でそう言う真菜を、真はギュッと抱き締める。

「落ち着け。大丈夫だから」

腕の中で真菜は、静かに泣き続ける。

抱き締めながら真はただひたすら、真菜が落ち着くのを待った。
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