神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…何とも不思議な光景である。

一見するとただの川だけど、しかし、これはただの川ではなかった。

川の水が渦を描き、文字が浮かび上がっていた。

自然現象では説明のつかない、奇妙な現象だ。

まぁ、ここ、普通の世界じゃないんだよね。

『不思議の国のアリス』とかいう、おとぎ話の世界らしい。

「ねぇ。『八千歳』は、『不思議の国のアリス』って知ってる?」

「さぁ?知らないねー。『八千代』は知ってるの?」

「ううん、知らない」
 
おとぎ話って言ったら、ジャマ王国に伝わる怪談話しか知らない。

あれとは違うのかな、やっぱり。

今のところ、化け物が出てきそうな雰囲気はないよね。

いや、さっきまで僕達を案内していた、楕円形の謎の生き物は、化け物と呼んでも差し支えなさそうだったけど。

少なくとも、襲ってきそうな雰囲気はなかった。

そして、この世界もそう。

何かが襲ってきそうな様子はない。

謎の文字が浮かび上がった、澄んだ川かあるのみ。

…しかし、この川、文字以外にも気になることがある。

「川の水、虹色だね」

「うん」

絶対、飲まない方が良い水だ。

透明なはずの川の水は、虹色に変色していた。

一体何を流したらこうなるのか。

虹色の水が流れる川。

これは元々こういう川なのか、それともおとぎ話パワーでこうなってるのか。

よく分からないけど、しかしこの水を生活用水に使用するのは、やめた方が良さそうだ。

…触ったら、手、溶けたりしない?

刺激臭は感じないけど…。

でも、この色からして…不用意に近寄らない方が良いのは確かだ。

そして、何より気になるのは…。

「…何て書いてあるのかな?あれ…」

「さぁ…。読めないね」

虹色の水が渦を巻き、浮かび上がった文字は。

「touch me」というもの。

…漢字で書いてくれれば良いのに。意味が分からないよ。

あれ、どういう意味なんだろうな…。

「さっき、卵の化け物が言ってたよね。『書いてあることに従え』って」

「言ってたねー。あれのことなのかな?」

「そうだとしても、読めないんだから意味ないね」

「全くだよ」

あれに従えば良いんだろうけど、読めないんだからしょうがない。

もしかして、凄いことが書いてあったりして。

短い文章のように見えるけど。

逆立ちして50歩歩いて、20回回転して、ついでに30回側転してジャンプしなさい、とか書いてあるんだとしたら、どうしよう。

僕達、一生この世界から出られないね。

「全く、ちゃんと翻訳してくれればいーのに…不親切だなー」

僕達みたいなジャマ王国人が、この世界にやって来る…という想定をしていないんだろう。

ぐろーばる化、っていうのが進んでないね。残念だ。
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