ベッドの上であたためて
ファストファッションの紙袋を渡すと、母は早速中身を物色し始めた。

「そうそう、これが欲しかったのよ。さすがに下着がないとねえ」
「思ったより元気そうだね」
「ええ、血を吐いたからびっくりしたわ」

その声や表情は明るい。
『救急搬送されて入院したから、荷物が何もないのよ』と電話が来たときはヒヤッとしたけど、心配はなさそうだ。

「まあまあ座って」

母が簡易椅子を顎で指す。
その嘘くさい笑顔に嫌な予感がした。
母の考えていそうなことはなんとなくわかってしまう。

「私、用事があるから帰るよ。頼まれたものを届けに来ただけだから――」
「ちょっと待って。まだ話があるのよ」

踵を返しかけた私に、母が焦ったように声をあげた。

「ねえ、お金貸してくれない?入院費がかかっちゃって」

顔の前で手を合わせ、悪びれもせず上目でうかがう母に眩暈がする。

「…お母さん、今、彼氏は?一人暮らしなの?」
「いないからあなたに頼んでるのよ」

そうだよね、と言う代わりにため息が漏れた。
この3年音沙汰がなかったのは恋人がいたからなんだろう。
恋人がいれば、きっと私のことなんて思い出しもしないのだ。
お金だって、貸してもきっと返ってこない。
それどころか、一度貸せば際限なく金を無心してくる予感しかしない。

「悪いけど、私だって自分の生活で手一杯なの。自分でなんとかして」
「薄情ねえ」

大袈裟に苛ついた声を出す母の顔を見たくなくて視線をそらしたけど、小言は続いている。

来なければよかった、と後悔でいっぱいになる。
そもそも家を出た時に、アドレスを変えて母と完全に連絡を断つべきだったのだ。
それなのに、私は一体何に期待をしていたんだろう。

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