ベッドの上であたためて
「もうここでの用事は終わり?」
「はい」
「こんなところにいたら熱中症になりかねないから、早く帰ったほうがいいです。それに、また誰かに誘われて連れていかれそうで危な――」
「じゃあ」

立ち上がった柳瀬さんの手を掴んだのは、ほぼ無意識だった。

「…柳瀬さんが連れていってくれませんか?」

彼の見開いた目から困惑が伝わってくる。
何をしているんだろう、私。
自分から誘うなんて。
しかも相手は行きつけのバーの店員だ。
気まずくなってあのお店に行きづらくなるのは困る。

だけど、帰りたくない。
ひとりにしないで。

声にならない声で懇願する私の顔は、柳瀬さんにはどれほど惨めに映っているのだろう。

数秒の沈黙のあと。
掴んでいたのとは反対の手が私に伸ばされた。
その手を取ると、ゆっくり引っ張って私を立ち上がらせる。
ほんの数十センチ。今までで一番近い距離で視線がかち合った。

「いいよ」

その表情は穏やかで、まるで子供のわがままを聞いてくれているようで。
自分がとてつもなく悪いことをしているような気分になった。

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