もう、オレのものだから〜質実剛健な警察官は、彼女を手放さない〜
8、もう待たない。もう待てない
それから一週間程が経ち、三月に突入した。

松並公園の桜の蕾も先端が少しずつ緑色に染まって来て、開花のタイミングを今か今かと待っている。

あの焼き鳥屋での一件以来、犬飼さんとは今までよりも距離が縮まった、ように思う。

他愛のないメッセージのやり取りもするようになったし、お散歩で会う時に軽い冗談も交わせるようになった。

もちろん意識せずにはいられないけれど、すでに色々と恥ずかしい部分を曝け出してしまっているせいか、犬飼さんといる時は割と自然体でいられる気がする。

あの三択で焼き鳥が食べたいと迷わず即答できたのも、犬飼さんだったから。

そうして振り返ってみると、光司くんといた時の私は、随分と背伸びをしていたんだなぁと気付かされる。

華奢なヒールの靴も少し大人びたワンピースも、私にはきっと分不相応だった。

なんて客観的に振り返ることが出来るくらいには、彼とのことは過去になっていた。


そして今日は、いよいよ犬飼さんのお家にお邪魔する日。名誉挽回の家飲みだ。

あの日のお誘いは冗談ではなかったようで、別れ際「また連絡する」と言った犬飼さんからの連絡により、とんとん拍子でこの日に決まった。


ひと通りお迎えラッシュを終えた、十八時過ぎ。

中番の仕事を終え、行き会う親御さんや園児たちと挨拶を交わしながら同じく中番の、駅へ向かう同僚と門の前で別れる。

寒の戻りと今朝お天気お姉さんが言っていた通り、一歩外へ出れば身の竦むような寒さが無防備に晒されている頬を刺激した。



── こんな日は、犬飼さんが公園で私を拾ってくれた日を思い出す。



『── じゃあオレが葉菜先生を拾っていきます』



……あれには本当にびっくりしたなぁ。

思い出すたびに笑みが溢れる。

捨てる神あれば拾う神あり。

すごく辛かったけれどあの日、私は犬飼さんに拾われて救われた。

暗くて寒々しい痛みを伴うはずの記憶が、今は温かい毛布に包まれたように優しい記憶に塗り替えられている。


あの日を思い返して、ほっこりとした気持ちのまま犬飼さんのお家を目指す。

すると少し進んだところで、


「── 葉菜先生」


と、心地よい低音の声が、柔らかな響きを伴って私の名前を呼んだ。

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