緋の鏡 ~その血は呪いを呼ぶ~
プロローグ
――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる
――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる

 漆黒の瞳を涙に滲ませながら、女は呟く。その手の中にあるのは小さな手鏡。

――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる

 独房を思わせる鉄格子の奥。女は涙を流しながら、口にする。

――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる
――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる

 右手人差し指の先を噛み切り、流れ落ちる鮮血を手の中の手鏡に塗りつける。
 ただひたすらに、塗りつける。

――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる

 鏡は血に染まり、すでに女の顔すら映さない。

――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる

 やがて女は息絶えた。
 しばらく後、何人かが現れた。その先にいるのは、豪華な着物の裾を引きずる女だ。

「やっと死んだか。薄汚い女郎めが。息子を誑かしおって」

 鉄格子の向こう側。息絶えた女を憎々しげに見おろしながら吐き捨てた。

「さっさと片づけておしまい!」

 そう怒鳴り、身を翻す。従者達は小さく頷き、その背を見送る。消えると錠を開け、息絶えた女の体を運び出した。女の手から滑り落ちた小さな手鏡。誰も気づく者はいない。

――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる

 小さな手鏡、耳には届かぬ音なき声を聞いている。厚く塗り込められた緋色の血が、どす黒く変わったかと思うと、ゆっくりと色を失っていった。

――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる

 やがてその手鏡、かつての美しい輝きを取り戻す。天井の模様を鮮明に写した。
 それから間もなく、鉄格子の部屋を訪れた者が手鏡を見つけて拾いあげる。屋敷の主の母親に手渡した。

「あの女のものかえ? 汚らわしい!」

 女は窓から放り投げた。

「息子には立派な嫁がくる。もうあんな女は忘れるに限るさねぇ。息子も一時は裏切っちゃいないと騒いだが、今は裏切りだと思っている。やっと安心できるってものさ」

 女は笑った。
 窓から捨てられた手鏡。風に巻かれた砂を浴び、徐々に徐々に土に埋もれていく。

――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる

 やがてなにもかもが皆から忘れ去られた。だが、小さな手鏡、土に埋もれても尚、音なき声を聞いている。

――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる
――呪ってやる
――恨んでやる
――祟ってやる
――呪って……


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