緋の鏡 ~その血は呪いを呼ぶ~
第4章 愛を鎮めて
 数百メートルほど歩くと寺があった。それほど大きくはないが、造りは立派だ。裏口から入り、部屋に通された。

 克弥は部屋にかけられた時計に目をやった。十時に至ろうとする時間だった。

「あの土地には、江戸時代も初期から続く豪商の屋敷がありました。儂がまだ小さかった頃、まだ建っていましたよ。武士をも凌ぐ力がある庄屋で、この辺りでは有名でした」

 老人は「園田《そのだ》」と自らの名を名乗ったあと、茶を入れながら、いきなり話し始めた。

「それが明治もそろそろ終わろうかという頃合い、当主が病気でポックリ逝ったそうで、息子が跡目を継いだが、実際の権力は女将が握っていたと聞きます。話にはずいぶん気の荒い人だったそうですが、本当かどうかはわかりません。息子のほうは、作った話のようにボンクラで、毎夜、吉原に足を運び、遊び呆けていたそうです」

 克弥は食い入るように園田の顔を見つめつつ、話を聞いていた。対して紗子は静かに茶を飲みながら、合点がいったように、伏し目がちにテーブルを見ている。

「そのうち、これと思う女を見染め、足しげく通った末、一緒になろうとしたようです。ある時から女将が慌てたように息子の相手を探し始めたというから、おそらく間違いではないでしょう。時同じくして、息子が入れ込んだ女が行方不明になりました。囲いの主がずいぶん捜しましたが、結局、行方はわからなかったそうです」

「駆け落ちじゃなくて?」

 園田は口を挟んだ克弥に顔を向け、わずかに頷いた。

「えぇ。息子も血眼になって捜したようですから。女がどうなったかはわかりませんが、息子はやがて『裏切られた』と言って、女将が用意した良家の娘と結婚したそうです。その後から、この家に次々災難が降りかかるようになりました。で、とうとうボヤを出して、取り壊しに至ったのです。それが今から六十年以上も前のことです。だが災難はそれだけではなかった。マンションを建てようとすると、事故が多発しましてね。業者が嫌がって、何度も変わりました。長い時間をかけて、結局駐車場になりました。ところが、あなた方がいた辺りを借りた者が事故を起こす始末で、縁起が悪いという噂が広がり、あれだけ広いのに、借り手はいつも半分くらいなんですよ」

 園田は一度言葉を切り、茶を口にした。

「きっとあの屋敷は女の恨みを買ったのだろうと思いましてね。女がどうなったかはわかりませんが、そうとしか思えない。いや、女将がなにか仕打ちをしたのだと考えています。もしそうなら、女も憐れです。父も、私も、住職の時に頼まれもしない経をあげれば、逆に周囲の不安を煽っていると言われかねませんので、現職の時は通る時に胸の内で念じるだけでした。辞してから、月に一、二度、人通りが減る時間に出向き、手を合わせることにしているのです。今夜は腰痛もマシなので出向きました。そうしたら、あなた方が特に人気のない辺りに座り込んで、水を撒いたり、塩を盛ったりしている。さらに熱心に手を合わせて。これはと思いました」

 園田は今度こそ話し終え、口を噤んだ。

「女性の名前はわかりますか?」

 紗子は静かに尋ねた。しかし園田は首を左右に振った。

「そこまではわかりません」
「そうですか。名前がわかれば楽だったのですが」
「名前がわかれば?」

 そう聞いたのは克弥だ。紗子が克弥に顔を向けて頷く。

「本名が一番いいけど、通り名でも効果はあるわ。名前はその人を示すもっとも大事なものだから、魂を掴みやすいの。そっか、ま、仕方ないわね」
「やはり、あの土地には、女が憑いているのですか?」

 園田が神妙に問う。

「えぇ。現れた女性はきっとその遊女でしょう。あの場所で息絶えたのです。遺体の傍ではなく、死んだ場所に居るということは、よほどあの場が憎いのだと思います。屋敷の中で死んだということは、遺体は屋敷の誰かが捨てたと考えられます。であれば、きっと弔われていないでしょうから、きちんと祓ってあげれば私の声は届くと思います」

「でも鹿江田先生、どこに捨てられたかなんて、わからないでしょう? そもそも明治の終わり頃の話なんだから、遺体だってどうなってるか」

 克弥の言葉も正論だ。

「なんとかするわよ。私は専門家だからね」

 紗子は肩をすくめた。

「園田さん、ありがとうございました。これで確信が持てました。なんとかあの女性を浄化し、恨みを晴らせそうです」
「どうやって果たされるので?」

 紗子は鞄から手鏡と例の護符を取り出し、護符に記号を書き足した。護符を手鏡に巻きつけ、捩じって落ちないようにする。

『血の元がわかるはずよ』

 護符が淡く輝いた。

『もう一度追って、本体を見つけてきて』

 手鏡と共に浮きあがると、形を変えて鷹に変貌した。

「うわ! 鷹になった!」

 叫んだ克弥を無視し、鷹に向かって続ける。

『少し難しいけど血を辿れば行きつくはず。なんとしても見つけ出して』

 鷹はキュイーと一鳴きし、手鏡を咥えると舞いあがって一直線に飛び去った。


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