緋の鏡 ~その血は呪いを呼ぶ~
「すっ、すごいっ」
「儂も長く務めてきましたが、式神を見るのは初めてです」

 克弥は当然としても、園田まで目を丸くした。

「俺、こういうのぜんぜん詳しくないけど、式神って陰陽師じゃないの? 神道の神主さんも操るんですか?」

 紗子はうっすら微笑んだ。

「式神《シキ》を操る使い手ってけっこういるのよ。同じ神職でも、まったく操れない者もいるわ。基軸になる霊能力の差なの」

 驚く二人に苦笑しつつ答え、占盤と地図を広げて見比べ始めた。

「よほど腕のよい術師なのですねぇ」

 園田は小声で克弥に話しかけた。克弥が顔を向ける。

「術師?」
「えぇ。仏僧や神主の中に、特別な修業を行って自らの霊能力を高め、業を得る者がいます。それらを『術師』と呼びます。世は広い。そういう者が人知れず、人の心と平穏を護っているのですよ」

 そこへ紗子が割って入った。

「そんなことはありませんよ。私達は対価を求めますから。霊能力など持たず、人のために働いている人達のほうが立派だと思います。園田さんのように」

 紗子は穏やかに微笑むと、再び占盤を見た。

「あら、もう見つけたみたい」
「ホントですかっ!?」
「シキの動きが止まったわ。ここから近いわね」
「遠いと考えておられたのですか?」
「えぇ。川に捨てていたら、きっと流されているだろうと思って」

 占盤の位置に地図を照らし合わせ、紗子は「あ」と短く声をあげた。

「ここ」

 地図に示された一点を指す。それには克弥と園田も反応した。

「ここから……わざわざ、運んだ?」
「運んだ者は憐れみを感じる者だったということでしょうか」
「かもしれないですね」

 紗子の指は『浄閑寺』という文字をさしていた。


 克弥と紗子は園田に礼を言い、寺を出た。

 タクシーを拾って、浄閑寺を目指す。タクシーの中では二人共黙り込み、会話をしなかった。それぞれの考えに囚われていた。

(浄閑寺っていったら、病気や規則を破った遊女を裸にして放り込んだって話で有名な寺だ。捨てるよう命令されたのは、きっと屋敷で働いていた人間だろうけど、遊女だからわざわざ浄閑寺まで運んだのかなぁ。それってちょっと納得できない。死体を捨てることを命じられる使用人なんて下っ端のはず。時間だってないはずだ。憐れに思って寺に捨てるなら、さっきの園田さんの寺のほうが近くていいはずだ。なのに距離のある浄閑寺までわざわざ行くなんて)

 考える克弥の脳裏に女の姿が蘇った。乱れた髪と薄汚れた姿。憎しみと怒りを宿した目。だが、その目には、深い悲しみがあった。

(よほど辛かったんだろう。可哀相に。閉じ込められて、殺されたんだから。逃げ出したいのはやまやまだけど……まだ完全に終わってないっていうなら逃げてもムダだ。せっかく菜緒子が元に戻ろうとしているのに、ぶり返されちゃ困る。なんとか鹿江田先生に祓ってもらわないと!)

 一方、紗子も思案していた。

(すぐに見つかったのは助かったけど、よりにもよって寺とは……厄介だわ)

 小さく吐息をつく。

(正装で正式な準備をしても、寺の中では十分な力は発揮できないのに、こんな恰好では……聖水だって塩だってさっきの駐車場で半分使ってしまったし。弱ったわね。場所だけ確認して、仕切り直すしかないか。掘り起こして、一切を運び出すしか……それとも梅木先生に頼んで、景龍神社を通して正式に依頼をかけるか……あ、いや待って、場所の問題もある。うーん、どっちにしても、今夜の一発解決は無理よねぇ)

 やがてタクシーは浄閑寺に到着した。時計はすでに日付を変え、一時をさしている。当然、浄閑寺の門は固く閉じられていて、入ることはできない。

「どうするんですか?」
「場所だけ確認するわ」
「確認って……ちょっ、鹿江田先生!」

 紗子は塀に沿って歩き、周囲確認した。占盤の上で赤く灯る光に限りなく近づき、いきなり塀をよじ登り始めたのだ。

「先生!」

 克弥が声を殺して怒鳴るが、まったく以て無視だ。克弥は仕方なく、同じようによじ登った。

 中に入り、わずかと進む。すると鷹が地面に座り込んでいた。手鏡を目の前に置いている。

 そこは寺の敷地内では一番奥で草木が茂っている場所だった。さらに横には木が立っていた。とはいえ寺の建物からはそれほど遠くもなかった。


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