僕の月

第12話

 これまで、進路の話が出てもできるだけ考えないようにしてきた。だが、城川先生と話してから、小説家になるという選択肢も少しだけ視野に入れて考えるようになった。
確かに、大学に行ってからでも小説を書くことは出来る。いろいろな経験をすることで話のネタになる事だってあるかもしれない。けど、城川先生が言ったように、僕が本当にやりたいことをやるっていうのも、悪く無いのかもしれない。それにしても、沙夏の不安が解消できて良かった。そんなことを風呂に浸かりながら考えていると、親父が来た。
「宗一郎、風呂か?お前、今日の飯どうする?外に食いに行かないか?」
「行くわけ無いだろ。」
「まあ、そう言わずにさ。たまには親父に付き合ってよ。あ、そうだ。お前の黒歴史、沙夏ちゃんに言っちゃおうかな~。」
「ちっ。調子に乗るな。行かねえよ。」
「へえ~。じゃあお前がこの間寝言で沙夏ちゃんの名前を呼びまくってたこと、にしようかな~。」
「てめえ。」
こいつが家にいるようになってから、僕はストレスが溜りっぱなしだ。ただでさえ顔を見るだけでイライラするというのに。やっぱり大学に行って一人暮らししよう。
「じゃあ、準備が出来たら声かけて。俺は書斎で待ってるからね。」
今更、父親面をして何だというのか。僕はいらつきながら、風呂を出た。
「上がったけど。」
「ああ、車、ガレージに止めてあるから先に乗ってて。鍵は開けてあるから。」
親父に声をかけて、車に乗り込んだ。この車は二人乗りだから、どうしてもあいつの隣に座らなければならない。むかつくけど、あいつに、沙夏に告げ口されるよりはましだ。何を言うか分かったもんじゃない。
「お待たせ~。じゃあ行こうか。」
妙に上機嫌で車を走らす。僕は窓から夜の町を眺めていた。左右から背の高いビルが見下ろし、電波塔のような建物が隙間から見える。もう冬だからか、イルミネーションが所々に設置されていた。確かに綺麗だが、あの日の夜景には遠く及ばない。同じ光でも、今見えている物は全部、ただの人工物としてしか映らないのだ。
「どうだ、綺麗だろ。夜のこの町もなかなか捨てたものではないと、俺は思うんだが、お前は少しお気に召さないみたいだな。」
「そんな話をするために僕を呼び出したのか。」
「違う違う。まあそんなに急かさないでよ。」
そういってこいつは、入り組んだ路地を抜けたところにある、隠れ家のような旅館に車を止めた。
「ここはね、母さんと結婚する前、二人で良く来ていた旅館なんだ。古風な外観が気に入ってね、食事もとても美味しいんだよ。」
確かに、古風で閑静な外観と、時代劇に出てきそうな整えられた庭は雰囲気がある。いかにもこいつが好きそうな所だ。玄関で女将が出迎えてくれた。
「これはこれは、三崎様。いらっしゃいませ。今日はお食事ですね。こちらへどうぞ。」
案内してくれた部屋に入ると、まず目に入ってきたのが、ライトアップされた美しい中庭だった。そして、威厳を漂わせる座卓には豪勢な料理がすでに並べられていた。
 
「美味いか。」
「それで、何だよ。」
「もー、親子水入らずなんだから、少しは楽しんでくれたって良いでしょ。」
わざわざこんなやつと食事を摂らなければならず、だらだらと意味の無いことを話されて、僕は怒りが爆発しそうになっていた。
「大学、行くのか。」
やはりそれだったか。
「そのつもりだが。」
「お前はそれでいいのか。」
最近、こいつは僕に干渉する。話す事なんて何も無いのだが。
「お前に話すことは何も無いと言っている。」
「小説、読んだよ。」
「は?」
「お前の部屋に捨ててあったやつ、ゴミ回収しようと思ったらあったから見ちゃってさ~。」
「ふざけるな。返せ。」
「あら、何か大事な物だった?ごめんごめん。でも、それにしては雑に捨ててあったような気がするけど。」
だめだ。こいつといるとイライラで頭がおかしくなりそうだ。もう何も言わず席を立った。
「俺はお前の小説、好きだよ。面白かった。才能あるよ、お前。」
やめろ。冬樹みたいなこと言うな。
「黙れよ。」
「早く続きが読みたいな~。」
「黙れって言ってんだろ。」
「あの日のこと、根に持ってんの?」
「何のことだよ。」
「だから~、俺と秘書さんのこと。見てたんでしょ。」
「胸くそ悪いこと思い出させんなよ。」
「あれは誤解だぞ。タイミングが悪かったんだ。あの子、足が悪い子でね。書斎の置物に躓いてこけて、俺が受け止めただけ。何を勘違いしたか知らないけど、俺が生涯愛してんのは由美子とお前だけ。分かった?」
「今更、信じられねえよ。」
「ほんと、なんだけどなあ。」
親父が後ろでそうつぶやくのが聞こえたが、僕は聞こえないふりをして、電車に乗って家に帰った。

「宗一郎、頑張ってね。」
「ああ。ありがとう。」
「そうっち、こけんなよー!よーし、皆、優勝だー!」
「宗一郎、ゴール下にいろよ。俺がパスしたら、そのままゴールだ。」
今日は球技大会だ。皆、いつにも増して気合いが入っている。この一ヶ月間、頑張って練習してきたからというのもあるが、本命は優勝賞品の、焼き肉食べ放題だろう。焼き肉なんて、普段は食べたいとは思わないが、皆と一緒なら悪くない気がした。だから、手を抜かずに僕も頑張ろう。
「行くぞ、宗一郎。」
「ああ。」
開会式を終え、球技大会が始った。僕たちのクラスは、くじでシードになったから、まだ時間がある。その間に男子のバスケチームは、女子の応援に行くことになった。沙夏達は一回戦からだと言っていた。
試合開始のホイッスルが鳴った。沙夏は、一気に敵チームを抜き、開始数秒でコールを決めた。
「相沢さーん!頑張ってー!」
「うおー!沙夏ちゃーん!」
「かわいいー!」
向かいの応援席から、沙夏への応援が聞こえる。ほとんど、男だ。お前ら自分のクラスの応援しろよ。まあ、僕の彼女は魅力的だからなと心の中でマウントをとっていたら、
「お前、良いのかよ。」
「三崎、彼女がもててんぞ。」
と、クラスの奴らにひやかされた。だが、いつも冷やかしてくるであろう琉希が、何も言ってこない。なぜだ。そう思って彼の顔を覗くと、見たことが無いくらいすごい顔をしていた。
「琉希、どうしたんだ。具合悪いのか。」
「い、いや。何でもねえよ。」
明らかに空元気で笑う。少し心配になり、彼の様子を見ていると、どうにも女子バレーの方をチラチラ見ている。すると、
「奥野さーん!頑張ってー!」
「ななみんかわいいー!」
「ファイトななみん!」
そんな応援が聞こえてくる。しかも、あっちの方がかなり男子の外野がうるさい。それはそうだ。奈波は読モであり、たまにメディアに出演するほどの人気だから、この学校で知らない男はいない。だが、その歓声を聞いて、なぜこいつはこんな顔をしているのか。
「奈波の応援行きたいのか?」
僕がそう聞くと、
「ばっか、ちげえし。別に心配になったからとかじゃねえし。あいつはただの幼なじみだから。」
そこまで聞いてないんだが。こいつも分かりやすいなと思った。行ってこいよと言うと、小走りで最前列に割り込んでいった。
 沙夏のチームは、相手チームにかなりの点差をつけて勝った。途中から相手がかわいそうになった。

「パスだ、宗一郎!こっち。」
「ああ。」
相手チームのリバウンドを取り、琉希にパスをする。相手は自分のゴールに集中し、あちら側のコートはがら空きだ。琉希は小柄なのに、ドリブルをしながら誰にも抜かれること無く華麗にゴールを決めた。僕たちは、二回戦、三回戦と順調に勝ち続け、今はなんと決勝戦だ。ゴールしたは僕が取れるし、琉希と、数名のバスケ部レギュラーメンバーがいたため、余裕だったかもしれない。だが、決勝戦であたったのは、バスケ部キャプテンと副キャプテンがいるチームだった。五点差で負けている。かなり競り合いなのだが、問題はそこでは無かった。キャプテンに僕は、どうやら目をつけられているらしい。まあ、理由は言わずもがななのだが、琉希よりもあからさまな上、たちが悪い。見えないところで僕の足を執拗に踏み、ゴールしたに入ると肘打ちを食らわせてくる始末だ。おそらくあざになっているだろう。しばらくして、琉希のゴールで逆転した。僕のパスからのゴールだったから、琉希と目を合わせ、笑い合う。それが気にくわなかったのだろう。次の瞬間、みぞおちを食らった。僕は息が出来なくなり、意識を失った。
 目を覚ますと、保険室のベッドに寝かされていた。まだ少し、みぞおちが痛むが、意識ははっきりしていた。試合がどうなったのか気になる。そう思っていたら、
「宗一郎、大丈夫?」
ガラガラと扉が開き、沙夏の声がした。見舞いに来てくれたのだろう。
「ああ。大丈夫だよ。」
そう答えると、カーテンが開いた。めちゃくちゃ心配そうな顔をしている沙夏の隣に、さっき僕にみぞおちを食らわせたやつが立っている。
「ほら、橋本君、謝って。」
「ごめん。」
渋々といった感じだ。
「ああ。」
「ちっ何でお前なんだよ。」
逆ギレし始めた。
「俺は中学の頃からずっと、相沢さんが好きだったのに。何でこんなもさっとしたでかいだけのやつと。」
「宗一郎のこと、悪く言うの?」
沙夏がそう言うと、少し涙目で去って行った。
「はあ。ごめんね、宗一郎。痛かったよね。」
「いや、大丈夫だ。それより、試合はどうなった?」
「ああ、実は、バスケは負けちゃって。女子も男子も準優勝。」
「そうか。まあ、仕方ないな。」
「けど、バレーは優勝したよ。だから、総合はもしかしたら優勝かも!」
「奈波、頑張ったんだな。」
「うん!」
「沙夏、ちょっとこっち来て。」
昨日のことと言い、今日のことと言い、ストレスが溜りっぱなしだった僕は、ベッドに寝そべったまま思いっきり沙夏を抱きしめた。
「わあっ!」
いきなり手を引っ張られてびっくりしたみたいだ。心臓がばくばくいっている。こうすると、本当に嫌なことを全部忘れられる。不思議だ。
「まって、汗掻いてるから。」
「いい。このままでいて。」
そういってしばらくそのままでいた。
「ごほっごほっ。」
沙夏が咳をした。汗をかいたままだったから寒かったかもしれないと思い、布団をかけた。
 教室に帰ると、
「宗一郎、大丈夫だったか?」
「三崎ー、生きてるか?」
皆に心配された。そして、後から聞いた話によると、クラスの男子数名で担架で運んだらしい。なんとも恥ずかしい話だ。そこに、奈波がダッシュで来て、大声で叫んだ。
「皆ー!うちら、優勝だってー!今日は焼き肉だー!」
それを聞いて、一気に雄叫びが上がる。城川先生まで、クラスの女子に囲まれて一緒にはしゃいでいる。僕も内心嬉しい。家に帰って食事を摂らなくてすむという理由もあった。
< 13 / 14 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop