僕の月

第5話

期末試験は無事に終わり、四人とも赤点を回避した。
「やったー!明日から夏休みだ。ねえ明日西校の子たち誘って買い物行こうよ。」
「いいね。あ、そうだ奈波と沙夏も誘おうよ。」
「奈波ー、沙夏ー、明日あいてる?皆で買い物行くんだけど。」
「ごめん私、部活だー。」
「私は撮影あってきびしいかも。ごめん!」
「やっぱ二人は忙しいか。」
終業式が終わり、もうすっかり皆夏休みモードに入っている。去年までは夏休みなんて普段と大差はないと思っていた。だけど今年は皆と会えるのが楽しみだ。一週間後、海に行くから明日僕も水着を買いに行こう。一か月半ほど暇になるから、たくさん本が読める。帰りに図書館に寄ろう。久しぶりに冬樹にも会いに行きたい。
「宗一郎、一緒に帰んねえか。」
「琉希。いや今日は用事があるからすまない。」
「ああ?何だよ用事って。どうせ本でも借りに行くんだろ。俺も一緒に行く。」
「まあ、そうなんだが。そのあと少し寄りたいところがあって。」
「だから今日は部活が休みで暇なんだよ。男バスだけ休みになったんだよ。昨日女バスが片付け中にネット倒して壊したから。どうやったらあれ壊れるんだよ。ほんっともう。」
こいつと沙夏は同じバスケ部で、毎日一緒に帰っていると言っていた。琉希といるときの沙夏はずっと笑顔で楽しそうだ。共通の話題だってある。そんな二人を見ていると最近、とてももやもやする。だから今日は二人で帰らないのだと知ってとても嬉しかった。最低だ。
「墓参りなんだ。お前をわざわざ付き合わせるのも悪いだろ。」
「そうか。分かったよ。その代わり、明日はあけとけよ。買い物一緒に行くぞ。」
「え、ああ。わかった。」
 色んな本を見て回っていると、親父の本が目に入った。ほんとにどこにでも置いてあるんだな。『君と雪解けの日に。』あの日の本だ。冬樹が一番好きだと言っていた。サインくらいもらってやればよかったな。僕はそれを手に取って、借りた。あの人の書斎にもあったが、それを読むのは何か癪だった。

 「冬樹、久しぶりだな。お前にたくさん聞いてほしいことがあるんだ。こんな僕にも友達ができた。お前を一人にした僕が、こんなに楽しいと思っていいのかと、たまに分からない時があるよ。さっき、親父の本を借りたんだ。今なら読める気がするんだ。じゃあまた来るよ。」
僕は手を合わせながら、心の中でそう言った。

 「宗一郎、こっちだ。」
「すまない。待たせたな。」
「俺も今来たところだ。行こうぜ。」
それから僕たちは買い物を済ませ、ラーメンでも食うかと近くの店に入った。
「ちょっと聞きたいことがあんだけど。」
「なんだ。」
いつになく真剣な顔だったから、何か嫌な予感がして僕も身構えた。
「昨日、俺さ、お前が墓参りしてんの見たんだよ。」
「ああ。それがどうした。」
「それって、誰のだ?」
「そんなこと聞いてどうする。知り合いだが。」
「そうか。いや、何でもないんだ。変なこと聞いた。」
気になる言い方するなと思った。
「僕もお前に話したいことがある。あのさ。ああ、いや、やっぱり何でもない。」
「なんだよ。きもちわりいな。」
僕は沙夏のへの気持ちを自覚したことをちゃんと琉希に言っておこうと思ったが、余計な事を言ってまた喧嘩になるのも嫌だった。互いに深くは聞かなかった。

 一週間後、僕たちは駅で待ち合わせをして、そこからバスで海に向かった。海水浴なんて子供のころ一度行ったっきりだから、少し怖いと思っていた。しかし、着いてみると透明感のあるエメラルドグリーンの海で、感動した。
各々着替えを済ませて貸し出されていたビーチパラソルを立て、そこに荷物を置いた。そして今、琉希は泳ぎまくるといって準備体操をしている。奈波はビーチバレーボールに空気を入れに行って、僕は隣で日焼け止めを塗る沙夏と二人っきりになった。僕だって男だ。好きな子が水着を着て隣にいれば見てしまう。だが、すぐに目をそらした。何か見てはいけないようなものを見たようで、心臓の鼓動が激しくなる。透き通るような白い肌。バスケをしているからか程よく筋肉がついていてしなやかだ。いつもはおろしているセミロングの髪を今日は高い位置で結んでいるから、綺麗なうなじが見えている。それに、少しその水着は露出が多い気がするのだが、僕の勘違いだろうか。そんなことを考えていると、
「ねえ宗一郎、背中、塗ってくれない?届かないんだよね。」
「は?」
「だから、背中に手が届かなくて。はい、これ。結構伸びるから塗りやすいよ。よかったら宗一郎も使う?」
まてまて。いったん落ち着こう。この状況で僕は沙夏の頼みを聞いていいのか。ふと琉希のほうを見ると、すでに海に飛び込んでいる。奈波は、海の家で誰かと話し込んでいる。知り合いでも見つけたのだろうか。どうすればいいのか。けど沙夏が困っているなら我慢して塗るしかない。少し嬉しいだなんてそんな不純な動機は一切ない。誓って。僕はできるだけ見ないように、距離をとりながら手の届かないであろう範囲だけ塗った。
「んっ。」
やめろ。変な声出すな。そうだ。親父の顔を思い浮かべろ。よし。もう大丈夫だ。
「ありがと。あ、宗一郎にも塗ってあげようか。肌白いから焼けたら結構痛いんじゃない?」
「遠慮しとくよ。自分でできる。」
やっぱりこの子は少し無防備なところがある。最近は特に。あの夜、僕に抱き着いたのもそうだし、この前は屋上で昼寝をしていた時に気が付けば沙夏は僕の肩に頭を乗せて眠っていた。気持ちを自覚してからは、ちょっと心臓がもたない。
思えばあの日屋上で沙夏の頬を撫でた時、僕は彼女を愛おしいと感じた。今になって恋だったんだと気づくなんて、鈍感にもほどがある。やっぱり琉希にも僕の気持ちをちゃんと伝えるべきだ。
「宗一郎。どうしたの。ぼーっとしてるけど。泳がないの?」
「僕は泳ぐのは苦手なんだ。」
「じゃあ私がついていてあげる。大丈夫だって。溺れないように浮き輪持っていけばいいんだからさ。なんなら琉希と二人で手を引いてあげようか?」
「おもしろがってるだろ。」
「えー、そんなことないのになー。」
わざとらしくそう答える沙夏がやけに可愛く見えた僕は末期かもしれない。
「ほんとにお前泳げねえのな。ぷかぷか浮いててクラゲみたいだぜ。ははっ。」
「なあ琉希。僕を一回殴ってくれないか。」
「は。何でだよ。元からだいぶおかしいのにもっと変になるぞ。」
「ああ。」
沙夏と奈波が二人でビーチバレーをすると言っていたので、僕は琉希に引っ張られて少し遠くまで泳いだ。
「僕は沙夏が好きだ。お前と同じ意味で。」
「知ってるけど。なんだよ急に改まって。やっぱり一回殴っとくか。正気に戻るぜ。」
「だが、僕は沙夏に気持ちを伝える気はないし、お前のことを応援している。」
「はあ?お前ふざけんなよ。」
「そう、思ってたんだ。だけど、沙夏が笑うと胸が苦しい。真っ直ぐに見つめられると愛おしく思う。お前と一緒にいる姿を見ると、もやもやして悲しくなるんだ。僕も、沙夏に気持ちを伝えたい。いつかは。」
「ふっ。そうかよ。じゃあ、俺らライバルだな。どっちが付き合えても文句なしだからな。つか、いつかはとか言ってるとすぐ俺にとられるぞ、このむっつり野郎。」
「なんだとこのちび。」
「ああ?んだともう浮き輪引っ張ってやんねえぞ。」
冬樹とはまた違ったかたちの友達。だが琉希には本音を言うことができた。ありがとうと、
小声でいったが、こいつには聞こえていないだろう。

「あー、楽しかったー!また皆で集まろう。いつがいいかな。」
「そういえば、来週沙夏の誕生日じゃね?皆でお祝いしようぜ。」
「そうっちの家でいい?」
「かまわない。」
「やったー!いっぱい美味しいもの作ってー。」
遠慮ないな。奈波らしい。
「ありがとう三人とも。」
「まだ祝ってないけどな。」
「ははっ。確かに。時間とか決まったらまた連絡してくれ。」
また一週間後みんなに、沙夏に会えるのだと思うと、とても嬉しい。だが、何もかもが楽しくて、少し怖かった。

 家に帰って、僕はさっそく誕生日ケーキを注文した。お菓子作りはしたことがなかったから、お店のもののほうが美味しいだろう。女の子へのプレゼントって何がいいんだろう。
そうだ。奈波に聞いてみよう。最近買った携帯を開いて奈波にメールした。
『ん~。そうっちが選んだ物なら何でも喜ぶと思うけど、そういえばこの間、水筒買い換えたいって言ってた。私はおすすめのコスメと沙夏に似合いそうなワンピースにするよ。』
すぐに返信が来た。水筒か。部活でも使うだろうし良いかもしれない。プレゼントも決めたから、あとは買いに行くだけだ。
 明日は沙夏の誕生日だ。今日の午後に僕の家を飾り付けするため、琉希と奈波が来るそうだ。生まれてから、一度も僕は友達の誕生日を祝ったことが無い。だから余計に楽しみだった。
「よう。宗一郎。とりあえずこれが飾り付けの道具な。」
「そうっち一週間ぶり~。」
「ああ。リビングは片付けてあるから自由にやってくれ。」
「ってか、そうっち今日なんかテンション高くない?やっぱ沙夏の誕生日だからかな~。」
そんなに態度に出ていたのだろうか。ずっと真顔なはずなのに。だがもう、前のように否定できない。
「ちっ。何だよ。浮かれてんじゃねえぞ。俺らだっているんだからな。」
にやにやと僕をからかう奈波と、蹴りを入れる琉希。こいつは僕の尻をボールだと思っているのか。威嚇する姿は小型犬が吠えているようだった。思わず吹き出しそうになる。
「何笑ってんだよてめえ。」
「いや、何でもない。ふふっ。やっぱり浮かれているのかもしれないな。」
おい、そこで奇異の目を向けるな。二人同時に同じ顔を向けてきた。やっぱりこいつらお似合いだと思うのだが。そう思ったらまた笑いがこみ上げてきた。
  
< 6 / 14 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop