僕の月

第6話

「よーし!完成。まじで良い感じじゃん。さすが私のセンス。」
「そうだな。ああ、明日僕の家にケーキが届く。お菓子と飲み物は二人に頼む。」
「おう!分かった。じゃあ明日な!」
「じゃあね~、そうっち。また明日~。」
二人が帰った後の部屋は、妙にしんと静まりかえって寂しかった。この部屋を寂しいと感じる日が来るなんて思ってもいなかった。それだけ皆が僕にとって大きな存在になっているのだろう。ただ、大きくなればなるほど、失ったときの悲しみは深い。
「今度は大丈夫だ。」
そうつぶやき、二階へと上がり、本棚にしまってあったアルバムを取り出す。そこには冬樹と過ごした一年分の写真が収められている。これは二人で初めて本屋に行った時の写真。その帰りに冬樹が記念だと言って撮ってくれた物だ。こっちは確か僕が冬樹のバスケの試合を見に行って撮った。これは、僕の原稿に感動した冬樹が号泣して図書館のトイレで鼻水をかんでいる写真だ。そう。そうやっていつも感情移入するくらい、僕の小説を真剣に読んで、
「宗一郎、早く続きを書いて。」
読み終わった後、決まって言う。彼は、僕が書く理由そのものだった。そこで写真は途切れている。本当はこのアルバムをいっぱいにして、冬樹の誕生日に渡す予定だった。つい歯ぎしりをしてしまっていることに気がついた。そしてアルバムを棚にしまおうと立ち上がったとき、窓の隙間から風が吹き、書きかけの原稿用紙が宙に舞った。ふとその中の一枚を拾い上げると、冬樹の字で用紙の端に
『続き早くー。』
と書いてあることに気づく。こんな書き込みあっただろうか。気がつかなかった。
僕はいつの間にか原稿に向かい、ペンを走らせていた。そこからは無心で書き続けた。
気がつけば外は暗くなっている。
「冬樹、今なら書けるよ。」
カーテンからのぞく月を見上げた。

「沙夏、誕生日おめでとうー!」
「ありがとうー、三人とも。めっちゃ嬉しい!飾り付けもすごいね。」
「でしょ?沙夏をイメージして青にしてみた。」
「さっすが奈波。センス抜群だね。」
「てか、相変わらず料理すごいな。これいつ作ったんだ?」
「朝から仕込みを初めて作った。」
「そうっち、良いお嫁さんになるよ。ね、沙夏。」
「そうだね、絶対奥さんのこと大切にしそうだよね。良いなあ。」
「え、そっち?まあそうかもしれないけど。浮気しそうじゃない?」
「いや、こいつ出来ねえよ。むっつりだから。」
むっつりはおいといて、良いなあってどういう意味だよ沙夏。無意識にそういうことを言うから本当に困る。そんな気持ちをごまかすかのようにサンドイッチを頬張る。われながらソースが美味しくできた。ケーキ型の帽子をかぶせられて、大好物だと言っていたポテトサラダを美味しそうに食べている。
「可愛いな。」
あれ、声に出たか。そう思ったが、隣のやつだった。
「ああ。」
「なあ、宗一郎。俺は今日沙に気持ちを伝えるつもりだ。」
「そうか。僕はまだ伝えるつもりは無い。応援している。ライバルとしても、友達としても。」
「おう!」
「ちょっと、二人で何話してるのよ。」
「私にも教えてよ。」
「絶対だめだ。男同士の秘密なんだ。」
「何よそれー。」
僕は琉希と顔を見合わせて、笑った。そのとき、沙夏の帽子のロウソクの装飾が近くにあった陶器の装飾品に当たり、それがぐらついた。僕はとっさに沙夏に覆い被さり、手でそれを受け止めた。
「っぶねえ。大丈夫か、沙夏。」
「う、うん。宗一郎こそ、大丈夫?ごめんね、気づかなかった。」
「いや、いいんだ。こんな所にあるのがいけない。」
必然的に沙夏の頭を抱き寄せる形になった。事故だったとはいえ、琉希からの視線が痛い。奈波はわざとらしく口元をおさえ、
「いやー、見せつけてくれるなあ。」
とおちょくる。正直、二つの意味で心臓がばくばくいっている。その後、沙夏の顔をまともに見ることが出来なかった。
 「じゃあ、そろそろケーキ食べようか。」
「ああ。準備をする。琉希か奈波、手伝ってくれ。」
「俺が行く。」
何か言いたそうな顔をしていた。まあそうだろう。あれは僕だって嫉妬する。
「この野郎。」
琉希はぼそっと言ってやっぱり僕の尻を蹴った。それから十七の数字のロウソクを立て、火をつけ、電気を消した。そしてバースデーソングを歌いながら僕リビングまでそれを運ぶ。琉希が僕たちのプレゼントをまとめて持っている。沙夏が火を消したと同時に、電気を付け、クラッカーを鳴らす。満面の笑顔で笑う彼女を見て、とても幸せな気持ちになった。プレゼントを一つ一つ開封していく沙夏。奈波の選んだワンピースは、本当に沙夏に似合っていた。琉希のプレゼントは、バッシュだった。青色の沙夏らしいものだ。最後に僕のプレゼントを開封する沙夏。それを見ている間、なぜかすごくどきどきした。
「すごい、かわいい!なんか、宗一郎っぽいね。水筒、落としすぎて傷だらけでさ、ちょうど買い換えたかったんだ。ありがとう!」
「良かった。」
「あれ、まだある。え、これリストバンド?めっちゃ可愛い~!私のこと考えながら選んでくれたんだ。だってこれはどうみたって宗一郎っぽくないじゃん。」
「君が喜ぶ顔を想像しながら見ていたら、これが目に入った。」
そう言って彼女の顔を見ると、真っ赤になっていた。照れているのだろうか。少し直接的すぎたかもしれない。とにかく、喜んでもらえたのなら良かった。なんて考えていたら、琉希が突然、
「沙夏、ちょっといいか。伝えたいことがあるんだ。」
そう言った。そうか。告白するんだな。僕はさっきまでの幸せな気持ちに、少しだけ陰りが出来た。廊下に出て行く二人を見て、複雑な気持ちが渦巻いた。それは奈波も同じようだ。うつむいて、サーモンのカルパッチョをフォークでつついていた。
「ねえ、そうっち。そうっちはさ、沙夏のこと好き?」
いきなり聞かれたから驚く。奈波はいつも唐突なのだ。
「ああ。好きだが。それがどうした。」
「そうだよね。私もね、沙夏のこと大好きなんだ。でも、琉希のことは小さい頃からもっと別の意味で大好きなの。あ、そうっちも大好きだよ?」
ふざけてはいるが、きっとそれは精一杯なのだ。僕にもそれが伝わった。
「私、小学生の頃から身長が高くて、クラスの男子に男女ってばかにされていじめられてたの。だけど琉希がね、じゃあ女より小さい俺は女男かよって言って、笑いに変えて私をかばってくれたの。それから琉希のことが大好きになったんだ。だけど中学に入って同じバスケ部の子が好きって聞いて、すぐに沙夏だって気づいた。沙夏といるときのあいつ、すっごく優しい顔してたから。それで、どんな子なんだろうって思って声をかけたの。そしたらさ、めっちゃ良い子だったの。私のコンプレックスの身長を褒めて、読モを勧めてくれたのも沙夏なんだ。沙夏が嫌な女だったらよかったのにって何回も思った。」
「そうか。」
「やっぱ反応うっすいな~。そうっち。で、そうっちはどうなのよ。琉希、告白しに行ったんでしょ。良いの?」
「僕に二人を邪魔する資格は無い。」
「なんだよ~。良いやつかよ。正直さ、初めてそうっちと沙夏が話してるところを見たとき、お似合いだなって思ったの。それに、最低だけど二人が付き合えば琉希は沙夏を諦めるんじゃないかとも思った。けど、そうっちが何にも行動しないからさ、ちょっと腹が立ったりして。」
「そうだったのか。けど僕も今は正直、嫉妬で何も考えられない。琉希のことを応援したいが、沙夏を愛おしいと思う気持ちは、あいつにも負けないと思う。」
「ふーん。そっか。まあ二人が帰ってきて、どうなったとしてもうちらはそれを受け止めるしか無いからね。」
「ああ。」

 しばらくして、沙夏だけ帰ってきた。それだけで、どうなったのか見当が付いた。せっかくの沙夏の誕生日にあいつは何をやっているんだ。
「琉希は?」
「ああ、なんか、外の空気吸いにいくって言ってたよ。多分、中庭だと思う。」
沙夏は少しばつが悪そうにうつむいた。奈波はそんな沙夏を見越して抱き寄せて、
「私、あいつのとこ行ってくるね。」
といってそのまま外に出て行った。沙夏のことを良い子だといっていたが奈波だってかなり良い子だと思う。
「ポテトサラダ、まだあるぞ。」
気の利いたことは何も言えなかったから、何か食べさせようと思った。テーブルに出した分のは、沙夏がほぼ一人で食べたから無くなっている。だが、沙夏の好物と聞いて少し多めに作ったため、冷蔵庫にまだある。
「食べる。」
「待ってろ。」
僕はキッチンにいってタッパに入れたポテトサラダを皿にうつし、彼女に持って行った。
「美味しいな~。これのレシピ、今度教えてよ。」
「かまわない。」
僕は琉希のことが気になってはいたが、何も聞けなかった。沙夏があまりにも空元気で、見ているこっちが泣きたくなったからだ。
「ねえ、宗一郎。琉希に告白された。」
意外にも彼女から話し出した。
「そうか。」
「うん。でも断ったんだ。好きな人がいるから。」
そうだったのか。沙夏には好きな人がいたのか。それはそうだよな。彼女は可愛くて明るいし、実際、彼女の事を好きなのは僕たちだけじゃない。林間学校で聞いた恋話で、何人も沙夏のことが好きなやつがいた。落ち込むのはおかしいな。
「そいつは、幸せ者だな。」
思わずそう口に出していた。
「それって、どういう意味?」
「いや、お前を好きなやつは沢山いるから、その中で選ばれたやつはすごく幸せなやつだと思ってな。」
僕もその中の一人だがな。
「宗一郎は、好きな人いるの?」
「ああ、いるよ。」
「そっか。この前は気になる人だったのに、好きになったんだ。」
「ああ。僕も最近になって自覚した。」
本人に言うのはなんとも照れくさい。
「そっか。」
しばらく沈黙が続いて、飲み物を持ってきてやろうと目を向けると、沙夏は泣きながら
ポテトサラダを頬張っていた。何でだ。琉希のことが相当こたえたのだろうか。それとも奈波へ対する罪悪感からか。僕はこういうとき、どうしたらいいいのか全く分からない。もしかして僕が何か余計なことを言って泣かせてしまったのではないだろうか。
「どうした?言葉にしたら、楽になることもある。僕で良かったら話を聞いてやることくらいは出来る。」
そう言うと、もっとぽろぽろと泣き出してしまった。その姿を見て、僕は冬樹のことを思い出した。冬樹も誰も見ていないところでこうやって泣いていたのだろうか。そんな彼を僕は突き放したのだ。
気がつけば僕は沙夏を抱きしめていた。びっくりしたのか、泣き止んで僕の胸を両手で押し返そうとしている。そんな彼女を僕はもっと強く抱き寄せた。
「宗一郎、どうしたの。苦しいよ。あの、離してっ。」
「嫌だ。もう、僕の前からいなくならないでくれ。突き放したのは僕なのに、冬樹がいなくなることを想像するとずっと苦しいんだ。」
僕は、はっとして彼女から離れた。彼女に冬樹を重ねて、何をやっているんだ。沙夏が泣いているときにこんなことを言うなんて最低だ。
「すまない。少し混乱してしまった。忘れてくれ。それより、大丈夫か。」
必死にそう言ったが、彼女はずっと黙っている。やはり怒らせてしまったかもしれない。そう思って、一度頭を冷やそうと外に出ようとしたとき、
「何で、宗一郎がお兄ちゃんを知ってるの。冬樹お兄ちゃんを。」
僕は耳を疑った。だって彼女には兄なんていないはずだし、大体、名字も違う。もしかして、別の冬樹と勘違いしているのではないか。
「冬樹って、東雲冬樹か?」
「そう。」
同一人物だ。東雲冬樹なんて、同姓同名はあまりいないだろう。だがなぜ、沙夏が冬樹を知っているのか。それよりお兄ちゃんって。
「冬樹は、僕の友達だった。中学の頃、仲良くなった。だがなぜ沙夏が冬樹を?」
そう訪ねると、少し暗い顔をして、
「そう、だったんだ。あのね、冬樹お兄ちゃんは、私の唯一血のつながった家族なんだ。」
そう言った。聞き間違えであってほしかった。
「え、だって君には弟と妹がいるだろう。それに冬樹とは名字も違うじゃないか。」
「私達の本当の両親は、私達が小学生の頃に事故で亡くなったの。で、別々の家に養子に入ったの。まあ、いつでも会える距離にいたから、よくあの展望台で会っていたけどね。あの子達とは血はつながっていないけど、本当の兄弟みたいに思ってる。」
「そうだったのか。」
僕は、沙夏の唯一の肉親を死へ追いやったのか。もしかしてあの日、沙夏が飛び降りようとしていたのって。心臓がばくばくして、今にも飛び出そうだ。
「宗一郎?大丈夫?」
自分の犯した罪に今更気づいた僕は、もう一度彼女の顔を見た。ショックで呼吸が苦しくなり、目の前が徐々に暗くなっていく。
「お兄ちゃんはもういないけど、私は今、皆と、宗一郎と一緒にいれて楽しいから。お兄ちゃんの友達でいてくれてありがとうね。宗一郎。」
違う。僕は、僕が、冬樹を追い詰めたんだ。僕のせいで。
「違うんだ。僕があいつを追い詰めたんだ。」
「え。宗一郎もお兄ちゃんをいじめてたってこと?」
「そうじゃない。だが、それ以上のことを僕はやった。冬樹は僕のせいであの日、自殺した。」
「どういうこと。もしかして、お兄ちゃんが最後にメールを送った友達って、宗一郎?」
「そうだ。中学の頃、喧嘩別れしてからずっとあいつのメールを無視して、結局あの日も会いに行かなかったんだ。」
「そう、だったんだ。」
沙夏は、ぎゅっと手をに握りしめて、うつむいている。僕は沙夏と一緒にいる資格なんかなかった。
そのとき、奈波と琉希が帰ってきた。
「とりあえず琉希、なぐさめてきたから続きしよー!」
まだちょっと落ち込んだ顔をしている琉希と肩を組んで奈波が元気よく入ってきた。
「すまない。今日はもう帰ってくれ。用事が出来た。」
「え、そうっちどうしたの?沙夏となんかあったん?」
「何もない。お願いだ。帰ってくれ。」
「宗一郎・・・。」
「俺より暗いじゃねえかよ。おい、まじでどうした。何かあるなら話せ。沙夏も、どうしたんだ。こいつに泣かされたか?だったらまじで許さねえ。」
「違うよ。何でもない。今日は帰ろうか。皆ありがとうね。今日は。」
二人は不安そうな顔をしていた。
玄関先で見送るまで、沙夏とは一度も目が合わなかった。
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