悪役令嬢に転生した元絵師は、異世界でもマイペースを崩さない
「綺麗な虹ですね。来週からの学園生活きっと良いことがありますよキヨノお嬢様」

「そうなの?虹が出るのは良いことの前触れなのね」

高台にある白亜のお屋敷に住むキヨノは、自室の窓から雨上がりの領地を見下ろし、空に架かる虹を見ながら呟いた。

“虹?”
“前触れ?”

ふと、自分が発した単語が気にかかる。

「ここは、乙女ゲーム、虹ふわサニーデイズ〜魔法使いと夢色乙女〜の世界では···」

「お嬢様?」

キヨノは、隣で首を傾げる侍女ミナを見つめた。

混乱していて自分の姿をよく思い出せないが、侍女のミナの存在やその容姿、キヨノの姓であるエバンスなどは、ゲームの公式設定と同じである。

キヨノが住んでいるこのお屋敷も、16年間生きてきた少女の記憶も、ここがあの乙女ゲーム略して“虹サニ”の世界だと告げていた。

「悪役しかも異世界転生なんてテンプレが過ぎるわ」

「お嬢様?もしやご気分が優れないのでは?さあ、ベッドに横になって下さいまし」

小声で呟くキヨノの声は、ミナには聞こえなかったのか、見事にスルーされた様子。

この様子では少なくともナミは転生者ではないと思われる。

「ありがとう、そうさせてもらうわ」

キヨノは勧められるままベッドに横になった。

「夕食までお時間がございます。それまではごゆっくりお休みくださいませ」

そう言って部屋をあとにするミナを見送る。

「まじか。こうしちゃいられないわ」

ガバリと起き上がったキヨノは、部屋の入り口に鍵をかけると、1週間後、学園に入学するために用意されていたノートとペンを、真新しいカバンの中から取り出して殴り書きを始めた。

“前世の記憶を取り戻したら思い出す限りの事項を書き出しておく”

それは異世界転生テンプレにおいてマストな行動である。

ここはおそらく“虹サニ”の世界。

親友の滋子が運営するゲーム会社、グローイングが制作した乙女ゲーム第二弾作品のそれである。

夢色乙女であるヒロイン、ナナミンは、希少な七色の光属性の魔力を持つ平民の少女。その能力を認められて、王都一の魔法学園に入学を許可される。

そこで16歳から18歳までの2年間、火、風、雷、氷、水といった属性を持つ攻略対象らと出会い、その中からたった一人の運命の人と恋に落ち、世界の滅亡から救うのである。

実に王道、テンプレ以外の何物でもない。

ゲームのストーリー進行は社長である渡瀬滋子が担当。キャラデザは神絵師として名高い狼犬《ウルハイ》様によるものだった。

現キヨノである過去の島崎清乃は、イラストレーター兼アニメーターとしてそのゲーム制作に参加。

そして、狼犬《ウルハイ》の作ったキャラをデフォルメ(小さくした)する担当でもあった。

「ちいちゃん···」

キヨノは、ノートに殴り書きした登場人物とそのイラストを眺めながら、かつての師匠兼恋人であった、狼犬《ウルハイ》こと、鷹司千紘を思い出していた。

異世界転生したということは、もう2度と彼には会えないということ。

前世での記憶が曖昧なこともあり、清乃が何歳まで生きたのか、どのように死んだのか等よくわからないことも多い。

しかし、この異世界転生によって、親友の滋子とその夫の渡瀬拓夢、隠密担当の春日吏音らにも、二度と会えなくなったことだけは想像できた。

前世のキヨノは、異世界転生テンプレストーリーを他人事として面白おかしく楽しんでいたが、現実に自分の身に起こると悲しみしかないんだな···と改めて理解した。

転生したのなら、過去の記憶なんてものは持たないほうが生きやすい。

そんな感傷に浸る乙女なキヨノだったが、基本、何事にも前向きな性格である。

一瞬で、そんな感傷は投げ捨てることにした。

「てか、エバンス令嬢って、良くて国外追放、最悪死罪の悪役令嬢だったはず。もう、滋子のテンプレ設定のせいで私の未来はお先真っ暗!」

キヨノは机に向かい、断罪される未来の回避を試みる計画を立て始めた。

“ストーリーが改変されると未来が変わる?”

そんなもん、己の命の尊さに比べたらなんぼのもんじゃい!

と、一度死んで生まれ変わった(らしい)キヨノは強く思った。

転生悪役令嬢に求められる自分の行動は一択。

そう、断罪回避である。キヨノは大きく拳を天へ掲げ、窓の外に広がる不思議と消えない虹に誓った。

かつて愛した人たちのいないこの現実(リアル)世界でも、強く前向きに生きていくのだ、と。

せっかく与えられた1週間の猶予だ。

キヨノは、現実的に考えうる限りの断罪回避行動を書き殴っていた。

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