悪役令嬢にそんなチートな能力を与えてはいけません!
 トンッ

 いきなり天井が見えた。
 押し倒されたのだと理解した瞬間に、唇が熱いもので塞がれた。それだけじゃない。ジュリアン様の舌がぺろりと私の唇を舐めたかと思うと、口の中に割り入ってきた。
 
(え?)

 キスは何度もしたことがあるけど、こんなのは初めてで、ぞくりと背筋が震えた。
 ジュリアン様の舌は私の口の中を隅から隅まで探るように動いて、上顎をなでる。

「んっ……んん……」

 感じたことのない、くすぐったいような快感が走った。
 角度を変えて、何度も唇を貪られると、酸欠でぼーっとしてくる。

 ふいに唇が離された。
 超至近距離にジュリアン様の瞳があった。
 真夏のギラギラとした熱を帯びている。

 こんなジュリアン様を初めて見た。
 春の穏やかな光はどこへ行っちゃったの?
 私が抱いてって言ったから?
 催眠術が強すぎたのかしら?

「ルビー、前半の台詞はとてもよかったよ。実にいい。でも、後半はいただけないな」

 え? 私の命令を覚えているの?

 強い光を宿したまま、ジュリアン様は私を見下ろす。

「昔はかわいいおねだりをいっぱいしてくれたのに、ある時を境に全然してくれなくなって、久しぶりにお願いされたかと思えば……」

 ジュリアン様はふうっとため息をつく。
 
(え? え? 昔の命令も覚えているの?)

 私は目を見開いて、ジュリアン様を見上げるばかりだった。

「お願い通り、君を抱くよ。でも、僕が君を忘れることなんてあり得ない。セシルのところへ行けとか、なんの冗談だい?」

 私の催眠術が効いていないの?
 え、いつから?
 混乱して、私はジュリアン様を見つめる。

「ま、待って」
「待てない」

 ジュリアン様はまた私に口づけた。
 舌を絡められて、強く吸われると、頭に霞がかかる。
 ぼんやりとジュリアン様を見上げると、彼が満足そうに笑った気配がした。

 確実にジュリアン様には私の催眠術が効いていない。
 うそでしょ? ということは、本当にジュリアン様は私のことが好きなの?
 
 かぁっと顔が赤くなる。
 でも、ジュリアン様のキスは止まらない。それどころか、手が私のドレスを脱がし始めた。

「んん! んんっ」

 確かめたくて、待ってと言おうとするのに、口を塞がれて言葉が出ない。

 いやっ、こんな誤解されたまま抱かれるのは。いやっ。

 私は首を振ってなんとか口を離そうとするけど、絡みつく舌がそれを許してくれない。 
 誤解を解きたいのに解けないもどかしさに、涙があふれてきた。 突然、唇が離された。

「…………っ、はぁ……はぁ……」

 せっかく話すチャンスなのに、私は荒い息をこぼすしかできなかった。
 ジュリアン様が指でそっと涙を拭ってくれる。でも、その瞳は真夏の太陽のように熱いままだ。

「ずっと待っていた。君が僕を信じてくれるのを。好きだと言い続けていれば、きっといつかは信じてくれると思っていた。でも、君が僕から離れようとするなら話は別だ。君を僕のものにして離れられなくするよ」

 そして、また熱い唇が落ちてくる。
 ジュリアン様がそんなことを思っていたなんて知らなかった。そんな思いをさせていたなんて……。

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