冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
次の日、
午後には正臣が上生菓子を持って帰って来た。

香世は、軍服から背広に着替える正臣をいつものように手伝う。

「香世は洋装もよく似合う。」

脱いだ軍服を整えハンガーにかけていると、
不意に正臣が頬に触れてくるからビクッとしてしまう。

「あ、ありがとうございます。」

今日の香世は、
いつの間にかいろいろと買い揃えられていた箪笥の中から、
ふわふわとした紺色の生地の清楚なワンピースを選び着ている。

「正臣様、素敵なお召し物をありがとうございます。いつの間にか箪笥の中が一杯になっていて驚きました。」

香世が向き合い頭を下げる。

「街で見かけると買わずにはいられないのだ
気にするな。」

最近の正臣の密かな楽しみは、
自分が見立てた服を香世に着てもらう事で、
もはや趣味と言っても良いくらいだ。

にこりと微笑みを向けてくる香世を思わず
引き寄せ抱きしめる。

ワイシャツを中途半端に着ただけの正臣は
着物よりも密着する香世の柔らかな感触に
軽く理性が飛んでしまう。

香世の顎に手を当て仰ぎ見させ、
早急に唇を重ねてしまう。

軽く何度も角度を変えて唇を奪う。

「……っん……。」
耐えられず、唇を割って入りこんだ舌で
口内を縦横無尽に駆け巡る。

香世は初めての事に戸惑い、
されるがままに身を任せすしかなく…
乱れる息を整える術も分からず、
ただ正臣のシャツにしがみ付き、
お腹の奥がきゅんとする感覚を覚え身体が崩れそうになる。

正臣がぎゅっと抱き止める。

「悪い、理性が飛んだ。」
バツが悪そうな顔で、
香世の息が整うまで優しく抱きしめてくれる。

「だ、大丈夫です…」
香世は体温の上がった両頬を両手で押さえ
俯き、息を整える。

正臣はこのまま押し倒し自分の物にしたい
衝動を何とか抑え込み、
自分の中の嵐が去るのをひたすら耐え凌ぐ。

やっと息を整えた香世はそっと正臣を仰ぎ見る。

自分の紅が正臣の口元に薄く付いてしまった
事に気付き、慌ててポケットからハンカチを取り出し口元を拭く。

「これは…タマキに気付かれると説教されるな…。」
と、正臣が呟く。

思わず香世はふふっと笑う。

こんなに強くて逞しい軍人の正臣でも
女中のタマキには頭が上がらないのだなと思うと可笑しく思う。

「笑い事では無いぞ。
タマキを怒らすと後が怖い。」
そう言いながら白い歯を見せて正臣が笑う。

「化粧を直してから来てくれ。」
正臣は、ささっと背広に着替え身なりを整え
部屋を出て行く。

香世は慌てて鏡を覗き、
紅を綺麗に引き直し正臣の跡を追う。

「行って参ります。」
玄関でブーツを履き、
見送るタマキに頭を下げて車に乗り込む。
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