冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
主犯格の男との距離僅か2メートルほどまで迫る。

「それ以上近付くな!!」
犯人が香世の首元の短刀を押し当て叫ぶ。

白肌から赤い血が浮かび上がり一筋の線を残す。

正臣はピタリと足を止め言い放つ。

「その女、まったく知ない。
俺には婚約者などいない。
一般人を巻き込むな、彼女から手を離せ!」

「女、謀ったな!」
主犯格の男は香世を強い力で突き飛ばす。

瞬間、
正臣は飛び蹴りで短刀を蹴り落とし、
腕を掴んで一本背負いの如く持ち上げ地面に
投げ飛ばし、裏手を取って腕をねじ伏せる。

ここで初めて香世に目を向け、
ピクリとも動かない事にこの上無い不安を覚える。

「香世…?
真壁ー!!」
真壁を呼び男を託し倒れた香世に走り寄る。

「香世…。」

正臣は、素早く裏手に縛られていた縄を男が落とした短刀で切り、香世の手を解放する。

「香世、香世…。」
名前を呼び抱き起こそうとした手をハッとして止める。

香世の額から血が流れ出ている…

正臣は自分の身体から、
サッと一気に血の気が引くのを感じる。

「救護班!!」
叫ぶと同時にポケットからハンカチを取り出し、額の傷口を抑える。

今朝、香世が正臣に渡してくれたハンカチが見るみる真っ赤に染まっていく。

香世の笑顔が頭の中で走馬灯のように浮かんでは消える。

縄で擦り切れた手首を取り脈を測る。
指先が氷のように冷たい…

「香世、香世……目を覚ませ!」
微弱な脈を感じだが弱々しい…。

救護班が香世を固定し担架に乗せるのを
呆然と見る。

手についた血を呆然と眺め、
これは何だ…?と、正臣は立ち尽くす。

身体全体から力が抜け落ち膝から崩れそうになる。

「…ふん…お前の女じゃねえか…嘘つきやがって。」
真壁に押さえつけられ縄で縛り上げられた男が嘲笑う。

正臣はお前のせいだと言う形相で
男に駆け寄り拳を振り上げる。

一髪殴ったところで気持ちが晴れる訳もなく…
「二階堂中尉…。」
真壁にがんじがらめにされ力を落とす。

「香世様に付き添ってあげて下さい。
現場の後処理は自分が指揮を執ります。」

今は冷静さを欠く正臣は指揮官としては使い物にならない。

「頼む…。」

香世が運ばれる輸送車に乗り込み
応急処置をされる香世を見守る事しか出来ない。
首の傷は幸い薄い切り傷で血が止まっていた。手首の縛られた跡は赤く腫れ、
痛々しく擦り傷を作っているが、救急医により包帯が巻かれた。

「意識は?」

「反応はありません。額の出血を止める為
今から縫合をします。席を外しますか…?」

「いや、ここにいる。
出来るだけ跡が残らないように縫ってくれ。」
香世の手を握り無事を祈る。

どうしようも無く心が揺れる。
あの時、知らないふりをしなければこんな事にはならなかったのだろうか…

彼女を早く離せとばかりに放った言葉が
取り返しのつかない事になったのかと、
後悔ばかりが頭をよぎる。

香世はどう思ったのだろうか…
彼女の心を傷付けた……と、思う。
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