冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

「危ないから手は繋ごう。」
半ば強引に手を取られ廊下を歩く。

玄関を出ると雨は勢いを増して降り続いていた。
正臣が構わず、待っていろと言って軍服を脱ぎ香世に羽織らせ走り出そうとするから、

香世はギュッと手を握り引き止める。

「正臣様!もうちょっと小降りになるまで待ちませんか?」

正臣は香世を見てフッと笑い、雨を睨む。

「小降りになるか?
早く香世を連れて帰りたいのだが…。
寒く無いか?」
香世の事ばかり心配する。

「軍服が暖かいですから、大丈夫です。
それより正臣様の方が寒そう…どうしましょ
傘を借りて来ましょうか?」

「また、返しに来るのも面倒だ。
出来れば病院には二度と来たくない。」
正臣が子供みたいな事を言うから、
香世は思わずふふっっと笑ってしまう。

「香世は意識が無かったからだろうが…
この場所は事件の日の事を思い出す。
香世を失うかもと思うと生きた心地がしなかった。」

「心配させてごめんなさい。
私も…真壁さんがお怪我をされた時、
同じ気持ちでした。
もう2度あんな思いは嫌です。」

「そうだな…。」

忘れていた正臣との記憶が頭をよぎる。
一年も立たないのにいろいろな事があったなと思う。

この先もきっといろいろな事が起こるだろうけど、この手を離さなければきっと幸せは続く。
そう思いながら、
香世は繋いでいる正臣の手をじっと見つめていた。

「香世、結婚式より先に入籍しないか?
出来るだけ早く。
香世の父上も一応は好きにしろと言ってくれた訳だし、俺の家もとりあえずは認めたのだから。」

「本当に…正臣様のお相手が私で良いのでしょうか。」

「この期に及んで何を言う?
俺には香世しかいないし、香世しか欲しく無い。何度言わせる。
…それに、そろそろ敬称は要らない。
呼び捨てでも構わない。敬語も使うな。」

覗き込むように香世を見てくる。

「そ、それは無理です。
…正臣さんって、お呼びしても良いですか?」

正臣がはぁーっとため息を吐くから、
香世は気を悪くさせたのかと心配になる。

「龍一が羨ましい。
香世と平等に話していた。」

「それは…弟ですから。」

「俺だって夫になるんだから身内だろ。
もっと打ち解けて話したい。」

「だって、正臣さ…んは、年上ですし…
中尉様ですから、無理です。バチが当たります。」

雨の中、香世だけが暑くなったり寒くなったり心がドギマギして忙しい。

「まぁ、この先まだまだ長いからな。
いつかはそうなる事を祈る。」
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